研究概要 |
種々の動物ヘモグロビン(Hb)では,それぞれの棲息環境に応じて,酸素運搬機能の分化が起こっている。本研究では,部位特異的変異導入法に基づく蛋白質工学の技術を用いて,成人Hbの人工変異体を合成し,他種の動物のHbの生理機能を模擬する実験を行った。 まず,血液中の炭酸水素イオンHCO_3^-には特異的に応答するが,分子状CO_2や2,3-diphosphoglycerate(DPG)には応答しないワニ類のHbの機能を模擬するため,ワニのβ鎖のアミノ酸残基の中で,HCO_3^-結合に関与すると考えらている残基を取り入れ,また,ヒトのβ鎖でDPG結合に関与する残基を他の残基に置換するように,ヒトのβ鎖の1,2,90,94,135,143,144番目の残基の1部または全部を置換した3種類の変異体を合成した。これらの変異Hbの酸素平衡曲線を種々の溶液条件下で測定し,解析した結果,DPGの効果がほとんど消滅した点ではワニHbの機能を模擬したことになるが,HCO_3^-の効果はむしろヒトHbのそれより減少した。これらの実験に加えて,天然のワニ(CaimanとNileワニ)の酸素平衡曲線を,変異体のと共通の溶液条件下で測定して,比較の対象とした。 次に,赤血球内にDPGなどの酸素親和性調節因子がないのに,本質的に低い酸素親和性をもち,DPGに応答しないウシHbの特性を模擬するため,β鎖の2番目のHisをPheに置換したHbおよび,1番目のValを欠失し,2番目のHisをMetに置換したHbを合成した。それらのDPG効果は期待通り減少したが,酸素親和性は低くならずに,むしろやや上昇した。 以上の結果は,従来Perutzらによって提唱されたワニHbのHCO_3^-応答性やウシHbの低酸素親和性の原因となるアミノ酸残基の相違のみでは不十分で,他の残基も考慮に入れなければならないことを示している。 本研究では,英国のMRC分子生物学研究所の長井潔博士のグループの協力を得た。
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