研究概要 |
本研究班の平成5年度の主要な研究成果は以下のように要約される。 骨格筋が短い強縮期間中に一定の荷重(P)を距離xだけ持ち上げることによってなす仕事(W=Px)と、そのさい筋肉の発生する熱量(H)の和(W+H)は、荷重Pの条件下に筋肉の発生する総エネルギー量に相当する。1920年代にFennは種々の荷重におけるWとHを測定した結果、WとHはともにPがゼロからある値に達するまで増加して最大値に達し、さらにPが増大して最大等尺性収縮張力(Po)に達するさいには減少することを見出した。つまり、筋肉は荷重がゼロからある値まで増加するにつれて、一定時間の収縮中に発生するエネルギーを増加する合目的性を有するのである。今日に至るまでこのFenn効果のしくみは完全に解明されていない。 われわれはうさぎ骨格筋のミオシンをコートしたガラス微小針をシャジクモ巨大節間細胞のアクチン線維束(アクチンケーブル)上にATP存在下に滑走させる実験系(Chaen,S.,Oiwa,K.,Shimmen,T.,Iwamoto,H.and Sugi,H.,Proc.Natl.Acad.Sci.USA,86:1510-1514,1989)を用いて、単純化されたin vitro実験系においてもFenn効果が観察されるか否かを研究した。 まずガラス微小針をATP非存在下にアクチンケーブルに接触させ、アクチンとミオシン間に硬直結合を形成させる。この硬直結合により、微小針の位置はアクチンケーブル上に固定されている。ついで、微小針付近に置かれたATP(100mM)を含むガラス微小電極に通流することによりATPを電気泳動的に与えると、アクチンとミオシンは解離し、ATPを利用して相対的な滑りをおこす。この滑り距離はガラス微小針の動きにより記録される。微小針の位置がx_1からとx_2に移動したさいにアクチンとミオシン間に滑りによりなされる仕事Wは、微小針の弾性係数Kから、W=K(x^2_2-x^2_1)/2となる。投与されたATPは実験液中に加えられたhexokinaseにより消費されるので、微小針上のミオシンはアクチンケーブル上を滑走したのち再びアクチンと硬直結合を形成する。したがって、一定量のATPを電気泳動によりくり返し与えることにより、種々の初期荷重からスタートする微小針の動きを記録しうる。アクチンとミオシン間にかかる初期荷重と、一定量のATP投与によるアクチン・ミオシンの滑りによってなされる仕事の関係は、Fennが観察した荷重と筋のなす仕事の関係と同様であることがわかった。つまり、単純化された実験系でもFenn効果が観察しうる。また、種々の初期荷重からスタートする微小針の動きの時間経過は初期荷重によらずほぼ一定である。この結果は、Fenn効果は荷重に応じて個々のミオシン頭部の化学-機械エネルギー変換効率が変化することを強く示唆している。
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