研究概要 |
非可逆過程の熱力学(あるいは,非平衡熱力学)の端緒的な発展段階については,未だ詳細な科学史的研究はなされていない。この発展の一つの源流は、R.クラウジウスによる非補償変換なる概念の導入(1854〜65年)であるが、非可逆過程の熱力学的定式化の試みは,1870〜80年代における熱力学的平衡(化学平衡を含む)に関する理論体系、すなわち化学熱力学の成立以後に本格的に開始された,とみられる。つまり,平衡状態にある物質系の理論的取り扱いが十全な発展段階に達して初めて、それを基礎に,熱力学的平衡に対象を限定していた古典熱力学の適用限界の認識と,熱力学の非平衝系への拡張・発展という基本的な課題が前面に現われれてくる。われわれは,以上のことをフランスのベルトラン,ポアンカレ,デュエムの諸著作,並びにマックス・プランクの諸論文・著作,ポ-ランドのナタンソンの論文の検討を通して確認することができた。ベルトランとポアンカレについては,以前に発表した拙稿「非可逆過程の熱力学的認識の発展ー19世紀終わり〜20世紀初めー」(1988年)で論じた内容以上の新たな資料の検討には至らなかったが,デュエムについては,従来から非可逆過程の熱力学の端緒的成果とされてきた1911年の著作『エネルギ-論』以前の著作で,流体の粘性の効果や温度の非一様な系の熱力学的定式化の試みがなされていることを明らかにすることができた。また,交付申請書には記載しなかったが,プランクも化学熱力学に関する基本的な成果を出した後で,それの適用限界を問題にし,非平衡熱力学への方向性を1890年代に示唆していたことが明らかになった。だが,プランクはデュエムと違って1900年以降はボルツマンの統計力学的取り扱いに基本的な意義を与えることになった。なお,ヤウマンについては上記拙稿をさらに展開すること,オンサ-ガ-の線型熱力学の形成については諸文献の検討を一層進める必要がある。
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