日常生活コンテクストにおける具体的な子どもの生態学的観察資料の分析を通じて、生後1年目・生後2年目・生後3年目における幼児の自己意識・身体図式の発達について、新たな仮説的理論を提出することが本研究の目的であった。この目的は以下の3つの下位目的(ステップ)に分けることができる。(1)研究の方法論の明確化、(2)生態学的資料の整理と分析、(3)自己意識・身体図式の形成プロセスについて「仮説的理論」を提出する。これらの目的のために研究を行なった。具体的には、筆者が生後0ヶ月から2歳11ヶ月にいたるまで定期的に縦断的観察を行なった幼児Nの資料の分析に科研費の大半を費やした。平成3年度に行なったのは、特に幼児Nの1歳8ヶ月から2歳7ヶ月の1年間のVTR(約16時間)の分析と、その間の母親の育児日誌の分析と、筆者自身による観察記録の分析である。VTRの記録を遂語的デ-タにして整理することにかなりの労力と経費がかかった。また、筆者の観察していた別の幼児Uとこの幼児Nが交流するシ-ンも多いため、幼児Uの縦断的観察記録も補足的に分析を試みた。これは、まだ現在も継続中である。本研究は、まだデ-タの分析と整理の段階であり、現在の時点では目的の(3)である「仮説的理論」を提出する段階には至っていない。しかしながら、子どもの「人を欺く」・「ふりをする」・「自分一人の力ですることを主張する」・「他者を非難する」・「他児と連帯して別の他児をいじめる」・「苦しんでいる人を慰する」・「他者の視点を考慮する」・「役割を変換する」・「一人二役の一人会話をする」などの諸能力、自己の内面や他者の内面にかかわる子どもの認知が、どのように発達していくのかを示す、貴重な生態学的資料が得られたことは間違いない。本研究を継続することによって、いわゆる「心の理論」に関する発達的研究に新たな寄与が可能ではないかと考えている。
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