本研究は、いわゆる民族問題・ナショナリズムをめぐる問題が現在のロシアのみならず現代世界全体にとって最大の難問であることを踏まえながら、この問題が発生してきたル-ツをさぐるべく、ロシアのフォ-クロアという、民族性の存在を前提とする表現形式を手掛りとして、その問題の意味と構造を歴史的かつ実証的に解明しようとしたものであった。言い換えれば、現在のロシア文化の基本的枠組みとカテゴリ-をとらえる上で不可欠な「ロシア的」「ロシア民族性」の生成過程を、ロシア的パトスの典型的表現とされてきたフォ-クロアを素材として考察することを目的とするものである。 このことから今年度は、時代として18世紀後半のロシアをとりあげ、フォ-クロアとそれにたいする、当時のロシア社会にはじめて登場したひとつの階層としてのインテリゲンツィヤの態度、その両者をつつむ時代と社会との関わりをフォロ-した。具体的には、18世紀後半に輩出したインテリたちによる民族学的・民俗学的・博物学的な数多くの「辺境」調査の全体像を明らかにした。そして、これらにより、当時のインテリたちが「異文化」としのロシアを「発見」していったプロセスを再構成した。すなわち、18世紀後半において、ロシア・インテリゲンツィヤの空間移動により「ロシア的なるもの」が作り出されていったのである。そして、この空間的な発見ばかりでなく、「歴史的記述」の開始に見られる時間的なロシア発見とも相俟って「ロシア」という言説と神話が19世紀初頭から前半にかけての時期に創出させていったことを実証的にフォロ-したのである。こうした作業と並行する形で、古来からフォ-クロアに描かれた抗争・戦さがこの18世紀後半を境にしてどのようにその表現の形式と内容を変えていったかを考察しようとしたが、この点に関しては十分なる時間がなかったため、今後の課題としたい。
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