研究概要 |
健康成人20名(21.7±0.92歳)を対象として,認知機能に関する実験を実施した.これまで報告者が蓄積してきた実験手続きやスケジュールを駆使し,剰余変数の混入を防ぎ,厳密な統制条件下で行った。実験被験者には本研究の実験内容および手続きを十分に説明し,インフォームドコンセントを得た。各被験者に対し,実験3日前より生活統制を行った。通常の就床時刻をCircadian time 0時とし,規則正しい生活を送るよう指示した。非利き腕にアクチグラフを装着させ,生体リズムの統制を厳密に確認した。実験前日は自宅にて通常の睡眠をとらせるControl条件と,睡眠不足状態をシミュレートすることを目的とし90分間の部分断眠を課すDeprivation条件をカウンターバランスで配置した。翌CT9時に実験室に来室させ,脳波等を装着した上で以下のテストバッテリーを使用し,前頭連合野機能への影響を測定した。テストバッテリーは,(1)visual analog scaleを用いた眠気や意欲に関する主観調査,(2)安静時開眼および閉眼時脳波測定,(3)事象関連電位P300測定,(4)psychomotor vigilance task(数字加算課題,作業記憶課題,記憶操作課題(セマンティックプライム),英数字検出課題,go/no-go課題)とした。部分的睡眠遮断がどの前頭連合野機能へより強く影響を及ぼしているか,回復過程を用いて確認するため,CT10時より20分間安静仰臥位を保たせた後,再度テストバッテリーを施行した。 その結果,主観的眠気(KSS)は,通常睡眠後の午前セッションでは,通常睡眠午後・部分断眠後午前・午後のセッションに比べて,有意にKSS得点が低く,眠気が弱かった。生理的眠気(AAT)は,通常睡眠後ならびに部分断眠負荷後どちらにおいても,午後のセッションは午前のセッションに比べて,有意に生理的眠気が強かった。事象関連電位については,午前の測定では部分断眠を負荷した場合,P300頂点潜時は延長し,振幅が低下したが,午後の測定では部分断眠の影響は見られなかった。若年者を対象とした今回の実験の結果,午前の時間帯では,部分断眠の影響で,脳内情報処理速度は遅延し,処理能力が悪化した。午後の時間帯では,通常睡眠の場合も部分断眠負荷条件と同様に,主観的・生理的眠気の増強と,脳内情報処理の悪化が認められた。部分断眠によって,ワーキングメモリの機能が低下する傾向がみられた。日常よく経験するような90分程度の部分断眠(睡眠不足)であっても,記憶の引き出しの妨害が生じている可能性がある。継続的な部分断眠(慢性的な睡眠不足)がワーキングメモリに及ぼす影響について今後検討する必要がある。部分断眠の負荷およびサーカディアンリズムによって生じる眠気は,記憶・学習能力や注意集中力に影響を及ぼし,判断ミスや事故を引き起こす原因となる。日常生活においては,眠気を軽視しがちであるが,脳機能の観点から睡眠の役割を再認識する必要がある。
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