研究概要 |
シアノアルキルコバロキシム錯体は、Co原子にシアノアルキル基(-(CH_2)_n-CN)が配位した有機金属錯体があり、光照射によって、このシアノアルキル基が水素移動を伴って異性化することが知られている。4-シアノブチルコバロキシム錯体の場合、Co-CH_2CH_2CH_2CH_2CN→Co-C(CH_3)HCH_2CH_2CH_2CNと、3-シアノブチル基へと結晶相光異性化を起こすが、異性化をさらに2-,1-シアノブチル基へと進行させた場合、結晶が壊れてしまう。そこで、反応基の周りの環境を変える狙いでジメチルグリオキシム平面に嵩高いジフェニルボロンを導入したところ、光照射後の結晶に4-,3-,2-シアノブチルがX線で直接観測され、シアノブチルが順にスライドして4-3-1異性化を起こしたことがわかった。しかし、軸配位塩基が3,4-ルチジンの錯体では、照射後の結晶には4-,1-シアノブチル錯体のみで2-,1-シアノブチル錯体が確認されず、全く異なった結果となった。生成物である1-シアノブチル錯体は、従来のスライド式の反応で得られたとする場合と同じであり、X線でその反応経路を決定できなかったため、本研究ではこの反応に伴う水素移動を単結晶中性子回折で追跡し、異性化の反応機構を解明することを目的とした。まず、反応に関与する水素移動を観察するため、4-シアノブチルのα位水素二つを重水素に置換し、(-CH_2CH_2CH_2CD_2CN)、光反応させた。この結晶で日本原子力研究所にて単結晶中性子回折測定を行った。構造解析の結果、約50%の4-シアノブチル錯体が1-シアノブチル錯体、-CD(CN)CH_2CH_2CH_2Dに変化しており、シアノブチルのスライドを仮定した場合の生成物、-CD(CN)CHDCH_2CH_3は確認されなかった。この結果から、反応が従来のスライド式ではなく、新規のメカニズムで進行することが明らかにできた。このように、反応基周りの環境を変えることで反応経路そのものが変わることを、単結晶中性子構造解析によって初めて解明することができた。この成果により中性子構造解析は反応機構の解明に新しい見方を取り入れたと言える。
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