研究概要 |
1.当初の計画どおり,夏の約2か月,アメリカ合衆国のアラスカ州とカナダのブリティッシュコロンビア州において,宮岡と早津はエスキモー語,大島はアリュート語,箕浦はアサバスカ語について,研究協力者(大学院生)の6名(渡辺,堀,笹間,宮岡[晃洋],および,現地参加の中山,市橋)もそれぞれのインディアン語(セイリッシュ語,ハイダ語,ツィムシアン語,ブラックフット語,ヌ-トカ語,マコ-語)について,各人のこれまでの調査進度に応じ,音声・音韻法,形態法,あるいは統語法のインフォーマント調査(聞き取り調査)を行ない,あわせて文献資料蒐集ならびに現地研究者との情報交換を行なうことができた.調査は,全員が前年度までにそれぞれ築きあげてきたインフォーマントとのラポールのおかげで順調に進み,これまで以上に質量ともに優った情報を得ることができ,3年計画の最終年度として,その進度に応じたそれぞれに纏まりのある成果を得ることができた. 2.調査対象とした言語のうち: (1)エスキモー語については,統語法の的確な理解に必須である動詞について良質の情報が得られ,その結果,動詞の分類が精緻化した.くわえて,この言語に特異な形態法と統語法の関わりの実態,即ち,一般に他の言語では統語法に委ねられている文の創出的側面が形態法に食い込んでいる事実の細部が明らかになってきた.これはエスキモー語記述に欠くことのできない基本的な理解であるのみならず,一般言語学に理論的寄与をもたらし得る性質の問題であると言うことができる.かくして,宮岡はこれまでの調査と分析をふまえ,同言語の網羅的文法記述の纏めに着手することが可能になった.完成には数年を予定している. (2)アリュート語については,前年度までの調査で,音声面とりわけ母音脱落とそれに関連する音韻現象についての理解がほぼ得られたので,今年度は形態法と統語法の段階に調査を進めた. (3)アサバスカ語については,上タナナ・アサバスカ語方言の比較音韻論が完成したので,難解で鳴る形態法の調査と分析に着手した.しかし,言語事態の難解に加えて,同言語を取りまく調査の社会的条件は,極めて悪く,長期にわたる粘りづよい調査の必要が予想される. (4)研究協力者に委ねられているインディアン語については,渡辺と堀がセイリッシュ語とハイダ語の音韻論を修士論文の形で纏めえたので,渡辺は重複法と他動詞構文,堀は分類辞の一部に纏わる形態・統語法的問題の解明を行ない,笹間がツィムシアン語の音声・音韻法記述の完成を図り,宮岡[晃洋]がブラックフット語,中山がヌ-トカ語,市橋がマコ-語について,形態法に力点をおいた調査を行なった.加えて,中山は古老の熱意ある協力によって,多量の貴重なテキストを蒐集し,一部,その分析をも行なうことができた. (5)6名におよびこれら研究協力者が,計画の年次進行とともに,しだいに調査と分析に熟達し,それぞれの言語の研究を独自に行なう力量をつけてきた.この若手研究者の順調な成長は,すでに海外の研究者からも注目されはじめた彼らの成果の刊行とともに,本計画の貴重な収穫であり,斯界における重要な寄与でもある.この点に関しては,「危機に瀕した言語」についての関心がようやくにして芽生え,これら少数民族言語の調査研究の緊急性が認識されてくるなかで,国の内外から大きな期待が寄せられている. 3.夏の調査より帰国後の11月には,W.ブライト博士を,年明けの1月には,J.リア博士を招聘し,研究協力者をふくむ各人が提示した調査結果と問題点について共同討議をくりかえし,それぞれの得た情報と知見について理解の深化をみることができた.あわせて,本計画の成果報告書の第2号(Languages of the North Pacific Rim.Vol.2)の遠からぬ出版について,意見の交換と具体的な計画について討議した.
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