研究分担者 |
WIEBE E.I. ロシア科学アカデミー, 中央シベリア植物園, 研究員
KRASNIKOV A. ロシア科学アカデミー, 中央シベリア植物園, 研究員
LOMONOSOVA M ロシア科学アカデミー, 中央シベリア植物園, 上級研究員
KRASNOBOROV I.M. ロシア科学アカデミー, 中央シベリア植物園, 教授
天野 誠 千葉県立中央博物館, 植物学研究科, 技師 (70250149)
高橋 晃 姫路工業大学, 自然科学研究所, 助教授 (30244693)
門田 裕一 国立科学博物館, 植物研究部, 主任研究官 (30124184)
ALEXANDRE A. ロシア科学アカデミー, 中央シベリア植物園, 研究員
NICOLAY V.Fr ロシア科学アカデミー, 中央シベリア植物園, 研究員
MARIA N.Lomo ロシア科学アカデミー, 中央シベリア植物園, 上級研究員
IVAN M.Krasn ロシア科学アカデミー, 中央シベリア植物園, 教授
田村 実 大阪市立大学, 理学部, 助手 (20227292)
南木 睦彦 流通科学大学, 商学部, 助教授 (80209824)
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研究概要 |
本研究は、アジア中央に位置するサヤンおよびアルタイ山脈高山フロラの種生物学的解析を通じて、これらの地域における種分化の実態と、ヒマラヤおよび日本の高山フロラの起源についてのより深い理解を得ることを目的としたものである。この目的のため、当該年度では特に次のような事項に主眼をおいて現地調査が行われた。1)ヒマラヤ地域および日本列島の高山フロラとの十分な比較検討が行ない得るよう、前年度に引き続き、出来るだけ多くの植物標本を収集する。これまで日本国内の各ハ-バリウム(植物標本室)には、サヤン・アルタイ山脈地域の植物標本はほとんどなく、本研究で得られる採集標本は比較検討のための貴重な資料となるべきものである。2)種生物学的解析のため、ユキノシタ属、ネコノメソウ属(以上ユキノシタ科)、イワベンケイ属、マンネングサ属、ムラサキベンケイソウ属(以上ベンケイソウ科)、トリカブト属、キンポウゲ属、キンバイソウ属(以上キンポウゲ科)、トウヒレン属(キク科)、スゲ属(カヤツリグサ科)などに焦点を絞り、調査、解析材料の収集を行なう。3)木本植物の材解剖の比較検討のためカバノキ属(カバノキ科)、ヤナギ属(ヤナギ科)、Caragana属(マメ科)などの材鑑の収集。以上を主眼とした当該年度の研究実績概要は以下のとうりである。 1.平成4年度のアルタイ山脈地域の植物調査では約7000点の標本を収集したが、当該年度においてもほぼ同点数の標本を採集することが出来た。この中にはアルタイ山脈地域では見られなかった植物がかなりあり、両年度を通じて得られた標本により、サヤン・アルタイ山脈高山フロラの外観がほぼ把握できるものと考えられる。これらの標本は東京都立大学牧野標本館に集中させ研究者に便宜を図るとともに、重複標本は国内外の各ハ-バリウムに配布される予定である。 2.周北極要素について:シベリア高山には、日本にも分布するムカゴユキノシタ、チョウノスケソウ、ジンヨウスイバなどといった周北極要素が認められた。しかしその生育の様式には日本とシベリアの間で大きな違いが観察された。こうした植物は日本では分布域も狭く個体数が少ないのに対して、シベリア高山では個体数が圧倒的に多くかつ分布域も広いというはっきりした傾向が認められた。とりわけユキノシタ属のムカゴユキノシタは日本では両性花をつけることは極めて稀で、もっぱらムカゴによ
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る無性生殖を行っていると考えられるのに対して、シベリア高山では両性花を付けることの方が普通で、有性生殖と無性生殖の両方を行っていると考えられる。これは高山帯の空間的拡がりの違いにもとづく、両地域での遺伝子プールの大きさの違いによっているものと推定される。 3.トリカブト属:(1)当該年度に実施した西サヤン山脈にて本属植物の新種が発見された。この種については、ロシア側対応機関の責任者に献名して、学名をAconitum krasnoboroffiiとした。これはNapellus節に所属するもので、分布の点では西サヤン山脈の西タンヌオ-ラ山系の固有である。Napellus節の種はヨーロッパに分布するが、本種に最も近縁なものはバルカン半島に分布するA.burnattii Gayer subsp.petheri(Hayek)Jalasであることが明らかになった。(2)中部日本の高山帯にはホソバトリカブトなど有限花序をもつ一群の固有植物の存在が認められていたが、近縁なものは日本列島以外にはこれまで全く知られていなかった。しかし今回の調査により、西サヤン山脈東部の固有植物Aconitum paskoi Worosch.は有限花序を付けることが発見された。これは日本列島以外では初めての報告となる。旧ソ連及びロシアでは、花序の形態にのみ注目されていて、花序の開花順序については省みられてこなかったことが大きな原因である。A.paskoiに対応する日本固有の分類群としては北アルプスのヤチトリカブトがある。これらと近縁な他の種も含めてDNA解析も進行している。日本の高山フロラの固有種が遠く離れたシベリアの高山に姉妹種をもつという例はキンポウゲ属のタカネキンポウゲ(北アルプス白馬岳固有)-Ranunculus altaicus(アルタイ、西サヤン山脈固有)、及びキンバイソウ属のボタンキンバイ(利尻島固有)-Trollius altaicus(アルタイ山脈固有)においても同様であった。 4.トウヒレン属:(1)この属のうち、Amphilaena亜属は上部の茎葉が大きくなり、かつ半透明となって苞葉状に花序を包む、いわゆる「温室植物」として知られている植物群である。この形態形質は、高山帯の厳しい環境条件下で自身の成長と訪花昆虫の活動を保護する適応的な形質と考えられている。この亜属の植物は従来ヒマラヤ地域の固有と考えられてきたが、シベリアにもこの亜属に所属する植物のあることが確認された。それらはアルタイ山脈のSaussurea orgaadayiと西サヤン山脈のS.dorogostaiskiiの2つである。これらの標本とDNA資料、そして生育状況についての情報は本研究によって初めてロシア国外にもたらされたものである。特にS.dorogostaiskiiは蕾の時期には上部の茎葉が花序をしっかりと包んでいるものの、開花期には花序を全く包んでいないことが現地での観察で明らかとなった。この亜属において、上部の茎葉が次第に大きくなりかつ半透明になり、花序をより完全に包む方向に進化したという傾向が認められるならば、シベリア高山に「温室植物」の祖先種が一つ生育するということになる。しかしながら、中国華北・華中地域にはこの亜属に所属するにもかかわらず依然として生態などがよく分かっていない種がいくつかあり、進化的傾向を推定するにはこれらの種についての解析が必要である。(2)上記の「温室植物」の他に、Eriocoryne亜属に所属する「セーター植物」と呼ばれる1群の植物がある。これは植物体全体が綿毛で被われるもので、やはり高山の厳しい環境条件に対する適応的な形態と考えられている。この亜属もヒマラヤ地域の固有と考えられてきた。しかし本研究により、アルタイ山脈固有のS.glacialisが「セーター植物」の一つであることが確認された。これはヒマラヤのS.gossypiforaやS.simpsonianaなどと比べると明らかに綿毛の密度が低い。この場合も、高山の厳しい環境に対する適応として、綿毛の密度の低いものから高いものへ進化したという傾向を認めると、「セーター植物」の起源も同じくシベリア高山に求められる可能性があることを示唆している。 5.ユキノシタ属、ネコノメソウ属、イワベンケイ属、マンネングサ属、ムラサキベンケイソウ属:シベリア高山で得られたこれらの分類群はヒマラヤや日本高山帯にも多く見られ、主に染色体を中心に解析が進められている。西サヤン山脈で得られた染色体材料は、固定瓶で約200本にのぼるが、この中にはユキノシタ属のシコタンソウ類、ネコノメソウ属のエゾネコノメソウ、Chrysosplenium ovatum,Chr.sedakowii,イワベンケイ属のRhodiola pinnatifida,ムラサキベンケイソウ属のムラサキベンケイソウ、Hypotelephium populifoliumなどアルタイ山脈では見られなかったものも多い。解析結果の一部は既に学会の口頭発表で明らかにされているが、今年度中には詳細な成果がすべて出揃うはずである。 6.スゲ属:今回の西サヤン山脈の調査で約2600点約100種にのぼるスゲ属植物が採集された。この内の約1/3の種は、カブスゲ、ミガエリスゲ、ハクサンスゲ、アゼスゲなど、日本の北方地域及び日本高山帯ものとの共通種又はごく近縁な種であることが明らかとなった。又日本に分布せずシベリア内陸に多く分布するものの中にも、日本産種と関連づけられるものが多く含まれていた。このことは、日本産スゲ属のフロラの起源を理解していく上で貴重な情報を与えてくれるものと考えられる。 7.木本植物の材解剖:シベリア地域で特に種数の多いカバノキ属、ヤナギ属、Caragana属で31種33点の材鑑材料が得られた。解剖解析は現在進行中である。 隠す
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