研究概要 |
成兎が高熱を発し,100%の罹病率,70〜100%の死亡率を示す急性ウイルス性疾病が,1984年中国で初めて発生した。その後本病は,韓国をはじめ多くの国に流行し,大きな被害をもたらしている。本病は兎の出血病(RHD)と呼称され,原因ウイルスはピコルナウイルスあるいはパルボウイルスと報告されてきたが,未確定のままであった。そこで本研究では,韓国で発生している本病を中心に,原因究明をはじめ,病態の特徴,診断法などについて検討した。 原因究明については,韓国で発生したRHDの肝乳剤から精製ウイルスを得,これをウイルス学的に調べた。その結果,本ウイルス正20面体構造を有し,直径35〜40mm,主な構成蛋白の分子量は63KDaであった。 このウイルスは病原性が極めて強く,成兎に接種すると20〜96時間で兎を致死し,同居感染も容易に成立した。したがって,その病原性の強さ,容易な接触感染の成立が,RHDを世界的に流行させた主要因であると解された。 RHDの病態は,急性壊死性肝炎で,肝細胞の孤在性あるいは巣状壊死の多発で構成され,しばしば偽好酸球の反応を伴っていた。電顕的に調べた結果,肝細胞の壊死はウイルスの直接的影響によって生じていた。 このウイルスは肝細胞に親和性があり,その細胞質のみで盛んに複製されていた。すなわち,ウイルス感染を受けた肝細胞は,感染後12時間から変化を示し,初期には水腫性変化,次いで細胞小器官の崩壊を伴った壊死性変化がみられた。細胞小器官の崩壊によって単位膜に囲まれた嚢胞,空胞および小空胞が多発し,ウイルス粒子も多く認められた。 我々は,RHDを耐過した兎からビオチン化抗RHDウイルスIgG抗体を作製し,これを用いてABC直接法による免疫染色法を開発した。この染色法はRHDウイルス抗原を特異的に検出でき,ホルマリン固定のパラフィン切片ならびに凍結切片の何れにも適用できる。この方法により,RHDではウイルス抗原は肝細胞の変性・壊死巣に局在し,本ウイルスの肝細胞親和性が明確にされた。この方法を韓国で発生した本病例,さらには実験的作出例に応用した結果,RHDの診断に極めて有効であることが示された。なお,本病耐過例にはウイルス抗原は認められなかった。 RHDは若齢(2か月齢以内)の兎には感染しないことが知られている。そこで我々も日齢を異にする若齢兎にRHDウイルス接種あるいは同居感染を試みたが不成功に終った。この事実については,今後肝細胞の本ウイルスに対するレセプターの問題も含めて解明する必要がある。一方,成兎でも本病を耐過した兎は自然免疫が成立する。この現象が韓国での本病の発生率を減少させていることが我々の調査で明らかにされた。 韓国のRHDの発生では,当初から神経症状の伴われることが指摘されてきた。我々はこの点を韓国の本病発生例を中心に検討した。その結果,韓国のRHD罹患例にはEncephalitozoon cuniculiが高率に混合感染していることが判明し,これが要因となって神経症状例のあることが明らかにされた。なお,RHDとEncephalitozoon病との間の発病々理には因果関係は全くなく,単なる混合感染であった。野外においての兎にはEncephalitozoon病が極めて多いことから,我々はビオチン化兎抗Encephalitozoon cuniculi IgG抗体を作製し,これによる直接ABC法免疫組織化学染色法を開発した。この結果,ホルマリンで固定したパラフィン切片に,本原虫のsporeを特異的に染め出すことができ,RHDとの類症鑑別に極めて有効であることが示された。 我々は,中国で発生したRHDの原因調査も行った。その結果,原因ウイルスの性状,病原性などは,韓国例のウイルスと全く同一であり,世界的に流行しているRHDはカリキウイルスによることが明確で,その病原性から,カリキウイルス性肝炎と本病を呼ぶことを提晶したい。
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