研究概要 |
本研究計画はカオス的挙動を示す力学系の数学モデルを,工学系の動作特性に関連して解明することに主要な目的を置いている。研究に用いた手段は,数学的解析,数値計算であり,特に位相空間構造のコンピュータ・ダラフィックスである。 研究対象としては広範囲の応用を表す簡単な数学モデルを選択した。研究はポテンシャルの井戸を持つダフィング型強制振動系から着手した。特に,スムースなポテンシャル障壁を持つ系に着目している。これは,例えば荒波の海における船の転覆問題やレーザーによる分子結合の破壊現象などに関連している。 さらに,遅延時間を含む位相同期系および電力系統における発電機の安定問題を記述した動揺方程式についても研究した。これらの問題においても,安定性の喪失と脱出現象が主として扱われている。これは,『脱出直前の系はカオス的挙動を示すことが普遍的な現象であるようだ』ということに対する,本研究組織全員の確信に基いている。 時間遅れを含む微分方程式の研究を行い,膨大な計算機シミューション結果を要約した分岐ダイヤグラムを作った。ここで得られた成果は数値実験を行った範囲では時間遅れを系においても従来から観測され,良く知られている低次元系に見られる現象と本質的に同じ現象が生起していることである。本成果を纒めた原稿はほゞ完成し適当な学会誌(例えば,アメリカ合衆国物理学会誌)に投稿する予定である。 結合した動揺方程式の研究も継続中である。安定動作領域の過渡時間応答に関する描写の結果は引力圏内部においてはカオス構造を示していないこを明らかにした。従って,以前に観測しているフラクタル引力圏境界は適切な問題であるが,大変困難な課題であることが再確認された。その根底にひそむホモクリニック構造を解明する集中的な努力も続け,長時間領域にわたる過渡夾叉軌道をも追跡した。しかし,ホモクリニック構造の存在を確認するところまでには至らなかった。 従来明かにされている生成的な分岐現象を概観してより広範囲かつ精巧な分類案を作った。この分類は不確定な結果を伴う分岐という重要な現象を含んでいる。さらに系を不安定にする原因となる鞍型構造が秩序的か,あるいはカオ的かにも着目している。これらの基本的な成果はほゞ完成しており近いうちに投稿可能な段階にいたるだろう。 時間遅れをもつ制御系の問題は,時間遅れをもつ常微分方程式,あるいは微分差分方程式で記述される。この代表的な最初の方程式は船のローリングを制御する問題に関連して,ミノルスキー氏によって導かれた。この種の問題は厳密には無限次元の状熊空間内で論じられるべきものであるが,十分大きな有限次元の状熊空間における問題によって近似されうるものと考えられる。本研究では対象とする系の動作が百数十次元の状熊空間における問題として近似されうるだろうと言う仮定のもとで,数値実験を行った。ここでも主要な問題は引理圏境界であり,これは制御系が安定な動作をするための安全圏の境界を意味している。例えば,船がローリングしても転覆するか復元するかの境界である。このような引力圏境界の構造を把握することは重要であるが容易でない。引力圏は一般に空間の次元より一次元低い不安定軌道(根元集合)の安定多様体で表されるが,高次元空間における安定多様体そのものを求めることはほゞ不可能である。そのため,この引力圏境界の根元集合に着目し,高次元空間に対して夾叉軌道法を適用することによって根元集合を求めることに成功した。特に重要な成果は,この根元集合が,パラメータの変化に伴って周期倍分岐を経てカオス状熊に到っていることを突き止めたことである。
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