研究概要 |
黄河下流域は,かつては中国の穀倉地帯であった。しかし,長い歴史の過程における人口圧の増加とそれに伴う水文条件の変化によって,土壌の乾燥化,塩類化が進行している。我々は,中国科学院地理研究所の研究者と協力して,塩類化が著しい黄河下流域の半乾燥地帯の水需要と水資源の持続的な開発,塩類土壌における作物生態系の保全と制御の方策を確立するための共同研究を計画した。研究目的を完遂させるために,我々は,作物学,灌漑排水学,土質工学,気象学の分野の研究者からなる研究チームを組織した。そして,黄河下流域の半乾燥農地の現状,特に,厳しい水資源環境下での作物生態系のあり方についての知見を得るために現地調査を実施した。以下において,本年度の実績の概要,今後の展望について述ベる。 1.日中共同研究の協力体制の確立 1992年7月14日から24日にかけて,共同研究の中心母体である中国科学院地理研究所を訪問し,鄭研究所長,陳,寥両副所長と会談した。日中共同研究が実現すると,ルーチン観測と集中観測の実施となり,地理研究所からの人的,物質的援助が不可欠となる。この点に関しては,鄭所長,陳,寥両副所長から,測定器の輸送,観測施設と観測補助者の確保,電源工事等の必要事項について地理研究所が全面的に協力すると確約して下さった。また,観測実施場所に選ばれていた中国科学院禹城総合試験所の季宝慶所長からも,この共同研究を全面的に応援するとの約束をいただいた。これら一連の会談によって,日中共同研究に対する中国側の協力体制が確立していることを確信した。 2.中国科学院禹城総合試験所 本格的な日中共同研究のために,中国の科学者が選んでくれたところは,中国科学院の管轄下にある禹城総合試験所である。総合試験所は,北京の南方約300kmのところにあり,黄河が渤海に注ぐ三角州の中心部に位置している。この地域の年間雨量は600mm程度であり,その大半が7,8月の2ケ月に集中している。そのため,春と秋の作物の植え付け時期には常に水が不足している。その上,海抜高度が10m程度なので,地下水位が高く,土壌中に塩分濃度が蓄積されやすい。総合試験所の測定器は,国の観測基準に基づいて設備されており,露場には,大型ライシメーター,小型蒸発皿,中性子水分計,放射計などが装備されていた。実験圃場には,30mと60mの観測鉄塔があり,気温や風速等の基本的な気象要素の鉛直分布が連続測定されていた。この禹城総合試験所で,時間をかけて作物の水収支,二酸化炭素収支の研究を行えば,農民が経験的に行っている栽培技術への理論的な寄与が出来るだろうと思った。 3.今後の展望 黄河下流域の農地は傷んでおり,しかも,その劣化の速度は一段と加速している。我々は,中国の科学者と協力して,黄河下流域の自然と社会状況に適合した方法で農地を修復し,増加している人口への食料自給の道を拓きたい。そのために,農学と工学の研究者でチームをつくり,(1)塩類土壌の物理性の把握とその農業的改良,(2)乾燥農地の水利用実態と用水計画,(3)耐乾性作物の導入試験と育種という3つの研究を通して,黄河下流域の総合的開発の方策を模索したい。 黄河下流域を修復し,自給率を高めるための研究は急を要している。もし,中国での自給率が少しでも乱れた場合,何万,何億という人々が歴史的,地理的に近い日本に向い,その勢いは誰にも止められない。日本の安全を保障するためにも,黄河下流域の修復に関する研究を完遂させねばならない。
|