研究概要 |
本研究は癌の発生要因を,滋賀医科大学と中華人民共和国吉林医学院との共同研究で,実験的なウイルス感染に基づく異常と人種的及び地域的差異を解析することで,解明しようとするものである。平成4年10月2日,中華人民共和国吉林医学院より邵世和講師と劉玉和講師が来日し,以来2ケ月,邵講師は微生物講座(主任教授瀬戸)においてウイルス発癌,劉講師は病理学第一講座(主任教授服部)において消化器腫瘍の共同研究に携わった。 1.パピロマウイルス発癌において見られる生体情報制御異常に関する研究:(1)パピロマウイルス関連悪性腫瘍についてのウイルス・ゲノム検索例が吉林医学院になかったことから,文献的検討を行なった。その結果,中国においてはウイルス・ゲノムを検出する試みはまだ少ないものの,日本におけると同様に,子宮頸癌からは16,18型,食道癌からは6,11型が高頻度に分離されたとの報告があり,中国では性交渉以外の経路でも16,18型のウイルスが伝播されている可能性が示唆されていた。(2)ショープ乳頭腫・癌腫系細胞におけるショープ乳頭腫ウイルス(SPV)ゲノム存在様式の変化を二次元アガロースゲル電気泳動とサザン分析で検討した。その結果,SPV接種で誘導された乳頭腫の一部が悪性変換した腫瘍では,乳頭腫部分にはプラスミド状のモノマーゲノムだけが存在したのに対し,悪性変換部分にはその他にオリゴマーゲノムがプラスミド状と染色体に組み込まれた状態で存在し,SPVゲノムの存在様式,特にオリゴマー化したプラスミド状ゲノムと細胞性状には密接な関係があることが示唆された。(3)単一のショープ扁平上皮癌から得られ,造腫瘍活性を異にする4亜株について,上皮増殖因子受容体(EGF-R)遺伝子と主要組織適合遺伝子複合体(MHC)の発現を比較し,これらの発現と造腫瘍活性との関連を検討した。4亜株のノーザン分析の結果から,SPVゲノムの発癌遺伝子であるE6とE7はすべての株に発現していが,造腫瘍活性の強い亜株で最も強く発現していた。また,MHC class I の遺伝子発現も,この亜株において著明な低下が認められ造腫瘍活性と関連する可能性が示唆された。EGF-R遺伝子の発現は,細胞株間での発現量に差はなく,EGF-Rがショープ癌腫細胞において重要な役割を担っているとは考えられなかった。 2.消化器癌の特性の研究:ヒト胃癌は腺管形成能の有無により分化型胃癌の未分化型胃癌に二大別することができる。分化型胃癌では腸上皮化生を背景粘膜として発生する腸型腺癌と,胃型腺癌に分類可能である。一般に日本人では老化に伴い,胃に萎縮性変化と腸上皮化生を伴うことが多く,これに比して中国吉林地区を含む北東部での胃癌も同様の傾向であることが示唆された。中国では,胃癌よりも食道癌が多いことが特徴である。一般にヒト癌における癌遺伝子の発現には臓器特異的なものと非特異的なものが知られている。c-myc,c-k-rasについては非特異的なものである。ヒト胃癌では分化型癌と未分化型胃癌の両方でc-mycの発現異常があることが指摘されているが,今回の検討でも過剰発現があることが免疫組織科学およびin situ hybridization法で検出できた。一方,rasは点突然変異により変異蛋白を生じ,その結果代謝分解を免れ,細胞情報シグナルを持続して伝達するとされている。胃癌では,rasの遺伝子異常はとくに分化型胃癌で発現し易いが,早期胃癌では20%と頻度が低かった。rasの異常発現は胃癌のみならず,大腸癌,胆道癌でしばしば認められた。胃癌に比較的特異的なものとしてc-met,k-sam癌遺伝子の発現が明らかになっているが,c-met癌遺伝子の欠失が分化型,とくに高分化型腺癌症例で観察された。未分化型癌では,分化型に比し,二倍の頻度であった。一方,k-sam増幅は低分化型のものと未分化型癌に出現する。これらの癌遺伝子の異常は日本人と中国人の胃癌の両方で観察された。一方,p53は癌抑制遺伝子として多くの腫瘍で欠失や対立遺伝子に変異が生じていることが,今回の共同研究では日本人胃癌で約20%に発現していること,組織型,深達度に関係ないことが明らかになった。さらにp53良性腺腫では10%の症例に発現していることから,腫瘍性変化に伴って出現してくる可能性があり,かつ癌化のかなり初期からp53遺伝子異常が生じていることが示唆された。
|