研究概要 |
法医学では、死後に遺体の体組織中薬毒物濃度を測定し,生前や死亡時の状態を知る必要がある.今回,日常生活の中で接触し,かつ事故発生の機会も多い揮発性物質に焦点を合わせ研究を行った. 硫化水素中毒を鑑定する上での問題点は、硫化水素の濃度が腐敗の影響により変化するということである.そこで,これらを対象化合物として,動物実験および中毒事例を検討し,定量値の法医学的意義付けを行った.その結果,硫化水素中毒を証明するために硫化物そのものを定量するよりも代謝物であるチオ硫酸塩を指標とする方が良いとの結果を得た.その理由としてチオ硫酸塩の方が安定および高濃度であることが挙げられる.解剖事例におけるチオ硫酸塩を分析する際の対象試料としては,肺,脳もしくは血液が適当であると考えられた.また,生存した事例においては,血液よりも高濃度であることと,より長く出現することから,尿の分析が適当であると考えられた. 入浴剤等に含有している多硫化物による中毒の証明に,体組織から多硫化物そのものを初めて分析した.その結果,分析に最も適切な試料は血液であった.また,硫化物の濃度は多硫化物中毒における補助的な指標となることが判った. 煙草の成分であるニコチンは,煙草や煙草の侵出液の誤飲によって引き起こされる中毒の原因物質である.ニコチンおよびその代謝物の体組織中からの分析法を確立し,実際の体組織中ニコチンおよびその代謝物コチニンの体内分布を検討した.その結果,血液が得られない場合の測定対象試料として筋肉が適当であると考えられた. 本研究は,法医学の実際の鑑定に役立つ分析方法の確立を行ったと同時に,中毒分野において,さらに社会に対して貢献し得るものであったと考えられる.
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