1.明治以来の歴史研究により次の結論を得た。(1)日本企業の生産システムのフレキシブルな要素として、小池和夫や仁田道夫は、「職場集団の自律性」にもとづく労働者自身の労働過程に対する規制力の存在を主張する。しかしそのような規制力が存在したのは、1900年前後の直接的管理体制が構築される以前の段階と、敗戦直後の労働組合が圧倒的に優位な権力を保持していた段階から1950年代後半の職場闘争の時代までである。高度経済成長期以降現時点までの大企業に見いだされるのは、経営管理の枠内に制限された「職場集団の自律性」にすぎない。(2)日本生産システムの普遍的な先進性を主張するM.ケニーとR.フロリダは、現代日本の労資関係は、敗戦直後の労資の権力関係の拮抗の時代を経て、「資本と労働の高度な調和」の上に構築されていると分析する。しかし、正当な歴史分析は、その関係の基本は高度経済成長期において形成されたことを示す。その時期を通して、経営に対抗する労働組合勢力が労働過程から排除され、労使協調的労働組合が登場し、経営が圧倒的に優位な権力を保持する「対抗権力なき労働過程」が構築された。 2.日本企業のフレキシブル生産システムを積極的に評価する議論はそれが他方において生み出す苛酷な労働実態を無視する。しかし最近の主要な労働調査はいずれも苛酷な実態を明確に示す。 3.フレキシビリティと苛酷な労働実態が並存する現代日本の労働過程の分析における本質的な問題は、苛酷な労働を甘受しフレキシブルに労働する日本の大企業労働者の主体性は、なぜ、いかにして形成されているのか、これである。以下の四点をその要因として指摘する。(1)高度成長期を通して確立された、能力主義管理のもとで組織される労働者間競争。(2)制限されたものではあるが、QC、改善活動にみられる、労働者の自発性を組織し知的能力を開発する労働のあり方。(3)経営目的に枠内に制限させてはいるが、職場集団の合意を媒介とする職場の日常的な事項の決定システム。(4)以上の諸要因の存立基盤である経営の圧倒的優位のもとでの労使協調的・企業内労使関係。
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