1991年末に確定したソ連邦の解体以降、かつての社会主義ロシアはじめ諸国では、社会の諸分野での機能障害が顕著となり、その意味では、有機体としての社会の解体状況が進行しつつある。同時に、未曽有の犯罪増加が記録されている。具体的な法擁護機因の弱体化のみならず、社会的な諸権威の消失と文化目標の混乱が、ここでは大きな意味を持つと考えられている。まさに混乱であり、旧いイデオロギーは去ったにもかかわらず、新しいものが登場しない状態が生じている。このような状況の下では、二、三の新刑法典編纂の試みも、成功はおぼつかない。より安定した社会環境の達成まで、そのような試みは成功しないと思われる。 そのような状況の下で、現在進行中の犯罪現象の変動、刑事政策の体系再編、理論研究の進展について、現地の情報を正確に集収することがきわめて困難となっている。おそらくは、現地における観察以外の方法では、-ここ当分の間は-この課題への接近は困難と考えざるをえない。 そこで、今年度は、そのような作業の前提の一環として、この間のソビエト刑法学の消滅過程に焦点をあて、いわば、ソ連社会の解体と重ねあわせる形で、ソビエト刑法の変質・解消過程を検討することとした。社会統合にむけての新たな価値の設定を急ぐ新政権が推進する刑法典の編纂作業にしたところで、また現実の犯罪防遏の活動にしたところで、すべては旧体制の刑法とどの部分で絶縁し、どの部分でそれを継承するかという点の検証抜き抜きにはありえない。その意味でこれは必要な前提作業である。また、日本の研究者にとっても、固有の意義を持つ課題設定であると言える。
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