交付申請書に記したように、本年度の研究ではアダム・スミスの方法論を、18世紀当時の自然科学思想や神学思想にまで視野を拡げて考察することをめざしていた。この一年間の検討を通じて、主として以下の二点が明らかになった。まず第一に神学思想に関して言うと、スミスの方法論を当時の神学上の主要な諸テーマ、とりわけ「デザイン論証」と関連させて考察した結果、スミスの神学上の立場は、当時神学上で緊張関係にあった。主意主義と主知主義の両面をふくむことが明らかになった。これにより、彼の有名な「見えざる手」という考え方をよりほりさげて考察する手がかりを得たと考える。 第二に自然科学思想、より具体的にニュートン受容との関連では次のようなことが明らかになった。18世紀には、社会科学の分野でもニュートンの方法をとりいれるのが盛んであったが、その受容の代表的なものは、認識論の分野における概念連合という形態での受容であった。これは、引力原理の機械論の論理をそのまま無批判に社会科学の分野に横すべりさせるものであったが、スミスはそのような安易な受容の仕方はしなかった。彼も、ニュートンの方法を認識論の分野で受容した点では共通しているが、ニュートンの自然認識の仕方をより立ち入って考察した上で、しかも、道徳哲学においても有効であるように、より普通化しかつ主体的に受容した。それが、スミス「天文学史」の認識論の内実である。これらの検討を通じて、『道徳感情論』 『国富論』で、ニュートンの方法がどのように活用されているかを全面的に展開する土台ができたと考えている。
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