現在、ロシアの商業・流通のシステムは大きく混乱しているが、その消費財小売状況をまとめたのが、「インフレ進行下の百貨店・市場」(93年6月に『「どん底」のロシア(仮題)』として、かもがわ出版より刊行予定)である。今日の混乱状況をもたらしたのは、人為的に、実体経済から乖離した流通システムが一気に放棄されると同時に、それに代替するシステムが全く形成されていないことにある。そのような人為的流通システム、すなわち「社会主義商業システム」が、いかにして創り出されることになったのか、その理論的導出過程を検討したのが「ソ連・東欧経済における商業」(柏尾・小野・河合監修『国際流通とマーケティング』同文舘)であり、ここでは、上記のような問題をもった「社会主義国」の商業・流通システムが、政策担当者の恣意や錯誤によって生み出されたものではなく、なによりも従来の「社会主義経済理論」そのものの必然的な産物でしかなかったことが明らかにされる。すなわち、生産財生産偏重による商業・流通部門への投資不足、事実上の配給経済である「社会主義計画経済運営」の下での商業の「排除」、直接的生産過程のみが価値創造過程であることからくる流通「軽視」などが、その内容である。さらに、こうした「社会主義理論」を受け入れ、かなりの長期間にわたって存続させたのが、後れた社会発展段階において形成された社会意識であり、それを個人消費を切り口として考察したのが、「個人消費と社会主義」である。これらにより、旧ソ連の硬直し、非効率な商業・流通システムは、「社会主義」以前の古い社会意識や慣行を、「社会主義経済理論」によって正当化することによって維持されてきたものであることが明らかになった。
|