アントラセンとジハロベンゼンおよびシアノアントラセンとシクロヘキサジエンとのシクロ付加体は励起状態から光解離しアントラセン励起1重項状態とジハロベンゼンあるいはシクロヘキサジエンの基底状態を生成する。アントラセン励起状態の生成収量は化合物によって異なる。ジフルオロベンゼンの場合、ピコ秒・フェムト秒レーザーによる時間分解吸収スペクトル、時間分解発光スペクトルの測定の結果、光解離速度は数ピコ秒でありシクロ付加体自身の蛍光寿命とアントラセン励起1重項状態の吸収の立ち上がり時間とはほぼ一致した。光解離直後はアントラセンとジフロロベンゼンとがごく近傍に特定の配置で存在していると考えられる。低温マトリックス中でシクロ付加体を励起した場合に観測されるアントラセン蛍光スペクトルは自由なアントラセンのばあいに較べて約10nm長波長側にシフトしている。この蛍光スペクトルの違いは励起状態のアントラセンとジフロロベンゼンとの相互作用のためと考えられる。従って、アントラセンの蛍光スペクトルの時間依存性を調べることにより両分子が徐々に離れてゆく様子を知ることができる。 溶媒の粘度が異なるヘキサン、シクロヘキサンおよびcis-デカリン中の測定を行なった。例えば、室温のcis-デカリン中でヘテロダイマーの光解離によって生じたアントラセンの時間分解蛍光スペクトルの測定から得られた自由なアントラセンの蛍光のraise timeは約30psであった。時間分解蛍光スペクトルを溶媒の粘度や温度を変えて測定した結果を解析することにより、光解離後のミクロな拡散ダイナミックスについての情報を得る手がかりになることが示された。
|