本研究は、真核細胞鞭毛の屈曲生成の分子機構の研究から、生体運動の本質にかかわる重要な知見を得ることを目的として行われた。バフンウニ・アカウニ・イトマキヒトデの精子の屈曲波形を高分解能写真記録し、ディジタル画像処理によって解析した。その結果、鞭毛の屈曲波形は、鞭毛基部からの距離に対する曲率のグラフで表すと、複数の曲率変化の少ない部域(局所的円弧)が変化の速い部域(遷移部域)でつながっているステップワイズなものであることが分かった。本研究では、空間分解能を重視し超微粒子のフィルムを用いたが、このために写真感度が低く特別に高輝度のストロボ照明を利用したために、毎秒5駒までの撮影頻度にとどまった。一方、鞭毛打の頻度は毎秒40Hzであったので、屈曲波形の時間変化を直接解析することはできなかった。そこで、一匹の精子について百数十の屈曲波形をランダムにサンプリングして解析し、屈曲波形生成の動的過程を推定した。鞭毛のある部域が上に述べた局所的円弧の屈曲形をとるとき、その部位は内部的に準安定の状態にあると仮定し、この準安定な状態に対応する曲率値の負荷依存性を解析するために、自由遊泳の精子と頭部を固定し鞭毛を自由に運動させている精子の屈曲波形を比較解析した。これらの解析の結果、次のことが明かとなった。 (1)準安定な状態の長さ、出現の有無には変動がある。 (2)準安定な状態に対応する曲率の値は、個体間で一致している。 (3)頭部が固定されたものでは曲率の振幅が増大するが、これにともなって自由遊泳のものに特有の準安定曲率の他に、新たな準安定状態に対応するより大きな曲率の値が観測されるようになる。 以上のことから、鞭毛の屈曲は、複数の構造的に準安定な状態(エネルギーの低い状態)の態動的遷移によって形成されることが示唆される。
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