まずヒラメ網膜の組織標本を作り、視神経乳頭を含む垂直方向の切片を調べると、網膜上縁から3分の2の位置に、やや肥厚した部分が観察された。この部分では、他の部分より視細胞の直径が小さくその密度が高く、また神経節細胞の密度も高かった。これらのことは、この部分の分解能が高いことを示しており、その位置が網膜の上半分であることから、背地の情報が入射しそのパターン分析に関与する部分であると想定して矛盾しない。眼球の動きを止めるため動眼筋の切除を行ったが、それ自体が魚のストレスを増加させ、背地に対する顕著な体表パターンの変化を起こさなくなることが判明した。このことは、体色や体表パターンの変化を起こさせる色素胞が自律神経の支配を受ており、そのためストレスの影響をまともに受けるためであると解釈される。また、不動化のため種々の麻酔薬あるいは筋弛緩薬を試みたが、これらも不動化に有効な濃度範囲では背地応答を抑制してしまうことが分かった。冷却も有効な不動化の手段であるが、この際も背地応答が消失した。これらの結果から、唯一有効な実験方法は、網膜の部分破壊であるという結論に達した。微小針を刺入して網膜の一部を機械的に破壊する実験を試みたが、これまでに背地応答に直接関与すると結論されるような網膜領域は確定されず、背地応答が中枢レベルのパターン分析によって行われている可能性もある。今後さらに詳細な検討を行うため、眼底の網膜領域を確認しながら破壊できるレーザー焼灼を実施し、治癒後ストレスの消えた段階で背地応答を調ベることとし、現在眼科医と協力し、小児眼科用のレーザー装置を使用しての焼灼破壊実験を予定している。
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