交流冷陰極型電子放射素子は筆者等とMuller等の2つのグループから同時に提案された。本研究は、その動作機構の解明と、これに適した材料探索を目的とした研究の一環である。交流型薄膜電子放出素子について、我々は次のような動作モデルを考えている。電子加速層と絶縁層(電子ブロック層)の2つの薄膜を上下の電極で挟んだ構造の素子に、ピーク値が加速層の耐電圧を越える交流電圧を加えたとき、上部電極が負のときに注入された電子は加速層を横断し、絶縁層との界面に蓄積される。続く後半の半サイクルで電界が反転し耐電圧を越えたとき、蓄積電荷は電子雪崩による増培を受けつつ上部電極へ到達し、高エネルギーの電子の一部は極めて薄い金属膜の上部電極を抜けて真空中へ放出される。今回の試作素子の加速層には硫化物、セレン化物、有機LB膜、酸化物を用い、それらの蓄積電荷量と放出電子電流などの測定から、動作特性を調べた。 その結果、硫化物、セレン化物、有機LB膜を加速層とした素子では、加速層の電界が耐電圧を越えたところで蓄積電荷量の急激な増大と電子放射が認められ、モデルが検証された。酸化物を加速層とする素子では、先の3種とは違った特性を示した。すなわち電圧に対する蓄積電荷の増加はなだらかで、雪崩電圧のようなものは認められず、電子放出も比較的低い電圧で起こる。また、放出電流が高周波で減少することも他の材料とは逆である。これらの結果は、時間応答が遅く閾値電圧を持たない吸収電流が電子放射に関与していることを示唆している。よって、酸化物の場合には一層構造の非絶縁型素子でも電子放出が可能と考えられたので、素子を試作し測定したところそれが確認された。このように無機物、有機物の誘電体薄膜について電子放射が確認されたことから、交流駆動型の電子放射現象は広く誘電体一般について起こり得る現象と考えられる。
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