研究概要 |
現在「歴史物語」と呼ばれるのは,『栄花物語』と四鏡を中心とする数作品に限られるが,そこには仮名文による通史的歴史叙述という以上の共通性はない。文芸としての性格はむしろ隔絶し,文体・形式・基調・世界観・歴史観なども一致しない。本研究は,この不安定な作品群を文学史上に正しく定位する試みの第一歩である。 まず,歴史物語の中枢に,皇位継承史(「世継」)を機軸にして存立する特異な作品群が見いだせる。この皇位が持続的に継承されたために,『栄花物語』と『大鏡』には続編が生じ,『六代勝事記』に続いて『五代帝王物語』が著作されたと考えてよい。この段階では,仮名書き日本通史の複数の系列が重層的に存在し,同類の作品(『唐鏡』『秋津島物語』)や類縁作品(『宝物集』や『無名草子』)をも多出させたのであろう。すなわち『栄花』『大鏡』などの純正「世継」を中心に放射状に広がるのが,当初の歴史物語作品群の実態であった。 このような歴史物語の盛行と多様化を受けて,再び皇位継承史を重視し,歴史物語史を再編成したのが『増鏡』である。以後,『秋津島物語』-『水鏡』-『大鏡』-『今鏡』-『月の行方』-『増鏡』-『池の藻屑』と線状に連なる通史の系列が一般化する。このうち『秋津島物語』は『水鏡』以下と対象期間を重複させる大規模な作品であった可能性もあるが,現存本は完結性をもち,通史の劈頭に位置付けるにふさわしい(この考察の前提として,現在正確な本文が入手し難い『秋津島物語』の全文を翻刻・校訂した)。 また,上記諸作品の成立が西暦1200年前後と14世紀中葉という転換期に集中する事実も注目される。多く宮廷社会の安定を描きながら,歴史物語は変転する現実と無縁ではなかったのである。同時に,太古から続く聖なる場での歴史語りを枠組みにもつ場合がそれらの大半を占めており,伝統を固守する一面も無視できない。
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