研究概要 |
シグマトロピー転位は,(E)-二重結合を立体選択的に合成する方法として広く知られ,有機合成に活用されてきた。しかし,シグマトロピー転位によって(Z)-二重結合を生成しようとする試みは,今までほとんど行われることはなかった。我々は,硫黄原子を含むアリルチオノカーボネートがたやすく転位反応を起こすことを用いて,反応系に生成する8員環アリルチオノカーボネートの[3,3]シグマトロピー転位がチェア型及びボート型の二つの遷移状態を明確に区別して生成物の10員環化合物中に(Z)あるいは(E)-二重結合のどちらか一方のみを高収率で生成する方法を見いだした。我々は,本反応の遷移状態を分子力学(MM)及び分子軌道法(MO)計算を組み合わせ,そこに有機化学的に妥当とする仮定を加えることにより簡便に遷移状態の近似の構造とエネルギーを求める方法を考案し,計算結果によって得られた遷移状態と実験事実によって導かれた遷移状態が本質的に同一のものであることを確かめた。一方で我々はこの反応を有機合成の場で応用することを計り,イソプロピル基を持つ3置換シス-オレフィン構造を持つ(-)-Yellow Scale Pheromone(きまるかいがらむしの性フェロモン)の立体選択的合成を試みた。最終的に出来上がった合成ルートは効率よく進行し,合成化学的にも中環状化合物を合成中間体とするなどユニークなものとなっている。 本転位反応を三重結合を持つ反応基質に適用すると中環状アレン化合物を容易に与えることが明らかとなった。この場合,生成物のリングサイズに係わらず反応はスムーズに進行するという特徴を持ち8員環から11員環に及ぶ新しいタイプの中環状アレン化合物を容易に合成することができた。
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