研究概要 |
末梢から中枢に至る三種類の聴覚誘発電位(ABR,MLR,SVR)を測定し、聴覚閾値が正常範囲内にあり、脳機能障害類型が異なる重度脳障害児6人を抽出した。これらの事例における日常環境下での聴性心拍反応動態を分析し、外界および対人認知機能の発生・発達過程を検討した。 その結果、脳幹水準にまで及ぶ最重度の脳障害を有する事例では、持続的心拍変動指標に外的刺激作用を源泉とする賦活的効果が十分にみられないなど、「反応がない、乏しい」状態が覚醒系機能の障害に起因していることが指摘された。そのような脳障害の影響を受けながらも、6人の事例の一過性心拍反応動態には、健常乳児の生後半年間において出現する発達的変化に対応する個人差が認められた。すなわち、まず刺激の強度に依存する驚愕的性質の加速反応が優勢におこる段階から、刺激の新奇性や有意味性に対する定位的性質の減速反応が優勢におこる段階へ、そして、刺激の信号性に対するより能動的な注意を反映する「第二の加速反応」の分化へという、発達的移行がより展開的にみられた。 重度脳障害児において認められたこれらの諸結果は、まず、脳機能の高い可塑性を示すものと言うことができる。さらに、そのような発達的転換が、各種聴覚刺激の中でも療育者による呼名に対して最も早く認められたことから、重度脳障害児の認知機能の発生・発達、すなわち、外界に対する選択的、能動的反応を獲得する上で、日常的な対人関係を基盤とする生活経験要因が決定的に重要な意義をもつことが実証的に明らかになった。これらの知見は、従来から経験則に依拠せざるを得なかった重度脳障害児への発達援助という課題にひとつの重要な示唆を与えるものと言える。
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