研究概要 |
本研究では,従来の意味論の枠内で処理することが困難なコピュラ文をメンタル・スペース理論の枠組みで研究し,コピュラ文に反映される人間の知識使用の柔軟性についての基礎的研究も行った.コピュラ文「AはBだ」は,通常,同一性と集合論的包含関係を表すと考えられている.本研究では,コピュラ文をさらに詳しく見た場合,変数的に使われた非指示的名詞句に値の割り当てを表現する同定文(「源氏物語の作者は,紫式部だ」).すでに同定された対象に付加的属性を付与する記述文(「紫式部は,源氏物語の作者だ」).異なる情報領域で互いに独立に同定された2つの対象の同一性を表わす同一性文(「シェークスピアはベーコンだ」),対象同定のパラメータと値が直接結合された多少アクロバット的な知識使用を含むウナギ文(「私はウナギだ」),メタ言語的な定義文(「ピラミッドは古代エジプト王の墓だ」)などのさまざまな用法があることを明らかにし,それらの用法の相互関連について考えた.この研究は,シカゴ大学出版から刊行されるメンタル・スペース理論関係の論文集に掲載予定である.さらに.コピュラ文の特殊例としてトートロジーについても考察を広げ,それを東京大学教養学部紀要に発表した.その後,コピュラ文の意味論から考えた場合,トートロジーは4つの基本的用法があり,それ以外の用法はすべてこの4つからの派生として説明されるべきであるという暫定的結論に達し,その主旨の口頭発表を筑波大学で行った.この結論が,広くデータを収集した場合も成立するかどうかは確かめていないが,トートロジーの多様な用法に対する包括的理論を構成できるという見通しを得ることができた.この点に関する本格的研究は,将来の研究課題である.また,知識使用との関連で,条件文の語用論的解釈についての研究も行った.
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