研究概要 |
前年度までの研究により,クルミホソガのクルミ利用レースとネジキ利用レース間には,内的な生殖隔離は発達しておらず,生態的な違いのみで両レースが隔離されていることが示唆された.F1世代がネジキ上では死亡することから,レース間の遺伝子流入はネジキレースからクルミレースへのみ生じると考えられる.しかし,雌成虫の産卵選好性はレース間で著しく異なることから,母性遺伝するミトコンドリアDNA等には遺伝子流入が生じないと予想できる. 本年度は,仙台市青葉山に同所的に生息する両レースを用い,ミトコンドリアCOI+ND5,Z染色体上のTpi領域の部分配列を決定し,両遺伝子座における遺伝的分化と遺伝子流入を系統解析とcoalescent simulationにより比較した.その結果,ミトコンドリアの遺伝子系統樹は両レースの単系統性を支持したが,Tpiではクルミレースへの遺伝子流入が示唆された.Coalescent simulationの結果もTpiにおけるクルミレースへの遺伝子流入を支持しており,逆方向およびミトコンドリア遺伝子における流入は支持されなかった.この非対称的な遺伝子流入は,F1世代における寄主適応力に基づく予測と一致する.さらに,ミトコンドリア遺伝子とZ染色体上の遺伝子間に見られた分化・流入パターンの違いは,ホストレースという状態がゲノム全体に隔離をもたらすには不十分であり,モザイク状に遺伝的分化が生じていることを示唆する.今後はAFLPやマイクロサテライトを用いてレース間比較をゲノム全体で行うとともに,寄主適応遺伝子座を特定し,新寄主への適応がどこまでゲノム全体の分化に寄与できるかをより詳細に調べる必要がある.
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