研究概要 |
振動エネルギー緩和が分子内・分子間エネルギー移動によって進行することに着目し、振動エネルギー緩和時間がどのように分子環境を反映するかについての知見を得ることを目的として研究を行った。これまでの研究において、W(CO)6分子のCO伸縮振動のエネルギー緩和時間は、溶媒アルカンの炭素鎖長を炭素数6から14まで変えると、炭素数10のデカン中で緩和時間が最小となる"V字型溶媒依存性"を示すという結果を得た。この興味深い溶媒依存性を決定している溶質溶媒間相互作用についての知見を得るため、炭素鎖長6,10,14のアルカンとシクロヘキサンとの混合溶媒中でのW(CO)6の振動エネルギー緩和時間を、混合比を変えつつ測定した。その結果、デカンとシクロヘキサンとの混合溶媒を用いたときのみ、混合比から推測される緩和時間よりもデカン中での緩和時間に近い、すなわちデカンがシクロヘキサンよりも振動エネルギー緩和に及ぼす寄与が大きいことを示す混合比依存性が見られた。この結果と、デカンの炭素鎖長はW(CO)6の半円周長にほぼ等しいことを合わせて考えると、W(CO)6はデカンとの間に特異的な構造を形成していると推察される。このようなデカンの特異性は他の手法では観測されず、今回振動エネルギー緩和時間の観測によってこの特異的分子間相互作用を見出すことができた。 また、振動エネルギー緩和の観測に用いている時間分解赤外分光装置の改良を行い、信号/雑音比の飛躍的な向上を達成した。振動の非調和性が小さく、信号の観測が困難であると考えられるシクロヘキサンのCH伸縮振動に応用した結果、装置改良による雑音比の低減によってエネルギー緩和を観測することができた。この改良された装置を用いることで、これまでより多くの分子の振動エネルギー緩和を観測し、溶液中での分子間相互作用に関するさらなる知見を得ることができると期待される。
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