研究概要 |
この研究計画は,太平洋をまたぐ日本,ハワイ,カリホルニアの3ヵ所において,日本からの移民をめぐるHTLV-1の感染様式に対する環境・社会・生活様式の影響を確かめるのが目的である.本研究は1987,1988年度のがん特別研究海外調査の際,この研究の必要性を討論したのがきっかけとなった.日本ではHTLV-1の地域内流行が母子感染を主役にすることは周知であるが,米国では明確な地域内流行がなく,麻薬中毒患者や,多数の性的接触者をもつ人であるため,母子感染の重要性が軽視される傾向にある.日系アメリカ人キャリアの調査により,HTLV-1の母子感染の重要性を確かめることは重要である. 作業仮説1)移民の間では,性的感染よりも母子感染の方が重要である. 2)HTLV-1の性的感染は日系アメリカの方が低い? 日本,特に西南部流行地では毎年数百例のATLとHAMが発生しており,その原因であるHTLV-1は国民の健康に問題となる重要なウイルスである.血清抗体陽性の母親の児は母乳哺育を受けると約20%に感染がみられ,この感染は母親の抗体価と関係しているようにみえる.性的接触による感染は,性的関係をもつ相手の数や,相手の男性の抗体価と関係している.輸血や静脈内接種による麻薬中毒もHTLV-1の感染経路のひとつであるが,前者は供血者のスクリーニングにより事実上消滅したと考えてよい.後者は日本では幸いなことに大きな要素ではない.Murphyらはサンフランシスコ地区で行ったREDS(Retrovirus Epidemiology Donor Survey)により,流行地である西南部日本から移民した子孫の日系アメリカ人のキャリア率が低下していることを報告した(Murphy et al.,Western J.Med.,1993).これら日系アメリカ女性の性的接触者のキャリア率は日本と比較して低いことが予想される.従って日系アメリカ人のグループは,日本人よりも母子感染の重要性が高いと思われる.Murphyらの日系アメリカ人の研究により,質問書の詳細な記述方法がわかった.本研究計画では,この質問書の形式を採用した.Murphyは,すでに10人の日系アメリカ人キャリアを検出しており,Frohlichはハワイ在住の日系アメリカ人キャリア40名について担当する.一方,日野・辻は長崎におけるHTLV-1の母子感染及び母乳の感染に及ぼす影響について広範な研究(In“Human Retro-virology"ed.by Blattner,1990)のコホートから.50名のHTLV-1女性キャリアを提供する計画を立てた. 1.調査票の作製,インフォームドコンセント書類の作製:日本とアメリカの事情が異なるため,調査票の質問内容の決定は非常に複雑であった.インフォームドコンセントの書類も,日本で考えるよりずっと複雑で,本人用・子供用・家族用と3種類必要であった.さらに,人権を尊重するための倫理委員会での承認を各地区で受ける必要があった.これらは,予算の承認がおりてから始めたが,その割には迅速に進み平成5年度に終了した. 2.質問書:質問書内容は,人種,性的接触者の数及びその相手の出身地等を含めた危険因子の内容,流行地出身者との性的接触回数,コンドームなどの感染阻止手技をとったか否か等を質問している.さらに,対象者が母乳栄養で育てられたか否か,自分が子供を母乳栄養哺育で育てたかどうか,流行地と家族関係の歴史,移民の歴史を質問する.輸血歴,麻薬常用歴,危険因子回避のための努力なども質問に加えた. 3.各人の質問書に対する解答を得た後,採血を行った.さらに,各人に対して,母親,夫,性的接触者,子供への接触することの同意を得た.個別に同意を得た上で,これらの者の採血を行う.日本西南部(長崎県)の日本人キャリアとその家族の調査については,既に目的の50例の半数以上を消化し,検体も採取できた.ハワイ及びカリフォルニアの日系人キャリアの調査を続ける.調査票及びサンプルの集積は順調に進んでおり,目的の約半数20例を越える例について,調査書の回収,採血を終了した.特にアメリカ側での日系人キャリアの集積は難しく,時間が必要である.血液サンプルは,凍結保存し,マ-フィーの実験室において,抗体濃度測定,定量的PCRに具える.
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