研究概要 |
1.研究背景:タイ国でのタイ肝吸虫(Opisthorchis viverrini)の高感染地域では肝内胆管癌の発生が極めて高く,さらにハムスターを用いた実験肝癌の解析から肝吸虫の感染が肝内胆管癌の発生を強力に促進する事を明らかにした。但しタイ肝吸虫に起因した肝内胆管癌に特異的な組織形態は認められなかった。実験的解析およびヒト肝の検討から肝吸虫の感染に基づいた胆管上皮の慢性炎症と上皮の増殖反応が胆管癌発生に大きく関わっているとの確信を得た。本研究では韓国に高頻度に認められる肝吸虫(Clonorchis sinensis)も同様な作用があるかどうかをヒトと動物実験から追究した。ここにその成果を報告する。 2.ヒト肝腫瘍での研究進捗状況:Pusan大学校医科大学寄生虫学の宋 壽復教授の協力によってPusan大学およびKosin大学で行なわれた肝腫瘍の手術材料(1966年〜1992年)から20歳以上の症例432例について肝腫瘍の組織型と肝吸虫の感染状況を対比した。症例は男性337例(平均年齢50.9歳:27〜73歳),女性95例(平均年齢51.2歳:21〜76歳)を対象とした。その結果,男性では88例が,女性では24例が糞便検査にて感染を認めない陰性例であったが,45例と11例にそれぞれ虫卵をみとめ,組織学的に感染を確認できた例を加えて,男性で49例が,女性で12例が感染陽性と判断された。そのうち肝細胞癌は男性27例(55.1%),女性5例(41.7%),胆管細胞癌は男性21例(42.9%),女性7例(58.3%)であり,肝吸虫感染陰性である男性88例と女性24例のうち肝細胞癌が男性78例(88.6例),女性19例(79.2%),胆管細胞癌は男性10例(11.4%)女性4例(16.7%)と,男女とも肝細胞癌は肝吸虫感染陰性例に有意に高く,逆に胆管細胞癌は陽性例に有意に高い頻度を示した。今回の検索対象には肝硬変症例が少なからず認められた(男性37例,女性6例)が,肝硬変症例では肝吸虫感染の有無に関わらず肝細胞癌の頻度が高く,非肝硬変症例(男性77例,女性28例)でのみ感染と非感染間で肝細胞癌と胆管細胞癌の発生頻度に統計学的な明らかな差異が観察された(男女併せて,肝細胞癌の頻度は感染例,非感染例で各々15/32(46.9%),56/73(76.7%))。 3.ハムスター50匹を用い,釜山周辺の感染淡水魚から収集したメタセルカリアを50匹づつ経口感染させたあと2週目からdimethyl-nitrosamineを6.25ppmの濃度で飲料水とともに投与する実験を開始したが,約10週目までに多数の動物が重篤な肝吸虫感染により死亡し,実験を中止せざるを得ない状況になった。 4.まとめ:今回の外科的摘出標本の検討から韓国におけるclonorichis sinensisの感染がタイで観察されたように肝内胆管癌の発生を促進していることを明らかにしえた。現在では肝吸虫に対する啓蒙と治療薬プラジカンテルの普及により韓国の肝吸虫の感染率はきわめて低くなっており,胆管細胞癌は今後減少する事が期待される。
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