研究概要 |
生体膜は細胞の重要な成分であり,特に真核生物においては種々の機能的に分化した細胞内膜構造が重要な機能を果たしている.その組成は複雑であり,各成分の生合成に関する研究は続けられているが,膜合成の制御という観点からの研究は少ない.本研究は酵母という単純な真核生物モデル系を用い,小胞体膜の単一タンパク質の誘導合成が膜の発達をもたらすという作業仮説を基礎として,膜の生合成とその制御のプロセスを膜の各成分の合成との関連で明らかにしようとするものである.この作業仮説は酵母Saccharomyces cerevisiaeにおいて異種酵母の小胞体タンパク質を高生産したときに,小胞体膜全体が誘導合成されたという実験データをもとに考えられたものであり,果たして異種タンパク質を高生産させたがために小胞体膜が合成されたのか,あるいは同種タンパク質でも同様のことが見られ,これは膜生合成の誘導の本来の機構の一つなのか,が本研究のテーマになっている.即ち,本研究では酵母の小胞体膜の成分である単一タンパク質の合成が引き金となり,その結果小胞体膜の誘導発現に至るプロセスを,異種膜タンパク質を用いずに証明し,さらに他の膜成分の遺伝子発現への影響をみることによって解析しようとするものである.なお,本研究は関連した研究実績を持つ日独二研究グループの共同作業により行われたものである. 実際に行った研究は以下のものである. ・酵母モデル系として培養条件によって小胞体膜,パーオキシソームなどの膜系が顕著に誘導合成されるCandida maltosaを選択した.また高生産させる小胞体膜タンパク質としてチトクロームP450を選んだ.小胞体膜の誘導合成の検出は,電顕法,免疫電顕法を用いた. ・既に完成しているC.maltosaの宿主・ベクター系を用い,ガラクトースで誘導されるS.cerevisiaeのGAL1,GAL10に対応するC.maltosaのC-GAL1,C-GAL10遺伝子のプロモーターを組み込んだガラクトース誘導性の発現ベクターを構築した.このベクターを用いることにより,培養中の任意の時期に膜の特定のタンパク質のみを特異的に誘導合成させることができるようになった.実際にこの発現ベクターにより,リポーター遺伝子の誘導合成を確認した. ・既に10種近く単離しているn-アルカン誘導性の小胞体膜タンパク質であるチトクロームP450やチトクロームP450レダクターゼの遺伝子の中から,実際にC.maltosaにおいて主要な働きをしている酵素の遺伝子ALK1,ALK3を選び,これらを各々上記発現ベクターに挿入し,各遺伝子がガラクトースにより単独で発現するC.maltosa株を創った.なお,これらチトクロームP450の数種に対する抗体がドイツ研究グループにより既に取得されている. ・jar fermentorを用い,pH,酸素供給など培地の条件を一定に保った培養液中で,炭素源を最初グルコースで培養し,次にこれをガラクトースに置換した.経時的にサンプリングし解析したところ,以下のことが明かとなった. i)炭素源を置換後数時間を経るとC.maltosaの細胞内にチトクロームP450が分光学的に検出できるようになり,6時間から12時間でピークになった. ii)それとほとんど同じ時間的経過で,SDS-ポリアクリルアミドゲル電気泳動,Western blottingによってALK1またはALK3産物が誘導合成されることがわかった. iii)電顕で上記サンプルを観察したところ,炭素源を置換後6時間ぐらいからC.maltosaの細胞内に小胞体が顕著に誘導されてくることがわかった.また,免疫電顕法によりこれら誘導された小胞体膜上に,誘導したALK1またはALK3の遺伝子産物であるチトクロームP450が存在することが認められた. ・以上の実験により,ある単一の小胞体膜タンパク質の高生産が小胞体膜そのものの誘導合成を引き起こすという過程が,正常な膜誘導合成(異種タンパク質による異常な事象ではなく)の機構の一つであることが強く示唆された.
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