研究概要 |
光合成のためのクロロフィルなどの色素は,すべてがタンパク質に直接結合した複合体として機能していると考えられてきた.ところが緑色光合成細菌の光捕集色素構造体であるクロロソームは,例外的に唯一バクテリオクロロフィルcの高次構造形成にタンパク質が直接には関与していない特徴を持つ.この高次構造形成の過程を明らかにするために,細菌細胞から単離したクロロソームおよび研究代表者らが開発したクロロソームと良く似た性質を持つ人口の構造体を用いて,バクテリオクロロフィル分子集合の高次構造,集合化の過程,エネルギー移動を詳しく調べた. 材料は緑色イオウ細菌Chlorobium tepidumおよび Chlorobium limicola,緑色糸状性細菌Chloroflexus aurantiacusから単離したクロロソームを用いた.クロロソーム類似の人工的色素脂質集合体は,クロロソームの有機溶媒抽出物を水溶液中にかくはんすることにより作成した.色素の高次構造の状態とエネルギー移動の経過は,吸収スペクトル,蛍光スペクトル,CDスペクトル,LDスペクトル,スピンラベルESRなどの測定により行った.高速の測定にはストップトフロー装置を用いた. 1.ヘキサノール処理で高次構造を破壊したクロロソームからの高次構造再構成の時間経過を調べたところ,飽和濃度のヘキサノール処理により,バクテリオクロロフィルcの近赤外吸収帯は747nmにピークのある集合体型から670nmにピークのある単量体型に変化した.処理後ヘキサノールをゆっくり除くと,670nmの吸収帯は中間型を示さずに直接749nmの吸収帯に戻った.一方,ヘキサノール処理クロロソームを急激にヘキサノールを含まない等量の緩衝液で希釈すると,中間状態のスペクトルが観察された.中間状態は6ミリ秒後にまず710nm付近の肩として検出され,その後ピークは710nm(750ミリ秒),718nm(10秒),733nm(5分),738nm(7時間)と変化した.これらの結果は,ヘキサノールの急激な除去で高次構造が再構成されるときは,まず少ない分子数のオリゴマーが形成され,それが時間経過とともに大きく成長することを示す.ゆっくりした除去では,ほとんどの色素分子が単量体型から直接大きな集合体型に再構成されることを示唆する. 2.先にクロロソーム内のバクテリオクロロフィルcには,吸収極大波長とCDスペクトルの異なる2つの主要な高次構造成分が存在することを示した.このことを,上記のヘキサノール処理クロロソームにおける色素の高次構造形成の過程で,ヘキサノール除去の速度が最終的な吸収極大波長に大きく影響することと考えあわせ,ヘキサノール処理クロロソームおよび,タンパク質を欠く疎水性分画から水相中に再構成した色素-脂質集合体を用いて,色素の会合構造の形成過程と最終フォームを詳しく調べた.0.6%ヘキサノール処理クロロソームからゆっくりとヘキサノールを除去すると色素の高次会合の回復が起こり,CDスペクトルにおいても2種類の成分の混合型を示した.急速に除去すると,短波長型のみのCDスペクトルであった.再構成色素-脂質集合体で有機溶媒(メタノール)除去のスピードと温度を変化させると色素会合体の極大波長は730nmから750nmと変化したが,CDスペクトルはいずれも短波長型であった.ところが,これをさらにヘキサノール処理後ゆっくりと会合させると,混合型のCDスペクトルが再現できた.これらの結果は,クロロソーム中のバクテリオクロロフィルcの2種類の高次構造がいずれもタンパクの関与なしで形成されること,長波長型はその形成に短波長型の存在が必要で色素がより高次の構造化されていることを示唆した. 3.以上の結果からクロロソームの高次構造モデルを作成した.バクテリオクロロフィルの自己集合によって形成された円柱状構造には,ほぼ等モル比の2つの高次構造が存在すると考えられる.その円柱状構造の束は,糖脂質の一重膜で囲まれた疎水的な環境の中で安定に存在する.
|