研究分担者 |
CLARK Robin ユニバーシティ, カレッジ・ロンドン, 教授
鳥居 肇 東京大学, 大学院理学系研究科, 助手 (80242098)
岡本 裕巳 東京大学, 理学部, 助教授 (20185482)
古川 行夫 東京大学, 大学院理学系研究科, 助教授 (50156965)
CLARK Robin J.H. University College London, Professor
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研究概要 |
本研究は元来平成5年度日本学術振興会日英科学協力事業共同研究に申請したものであったが、諸般の事情により採択自体の決定が平成5年12月10日に行われ、更にその後研究経費の申請を文部省国際学術研究に提出する等の手続きを行ったため、平成5年度の実質的な研究期間はわずか2カ月程度にすぎない。このような短期間の研究についての成果報告であるため、現状の中間報告であることをあらかじめ明らかにしておきたい。 平成6年1月に日本側から2名が英国側分担者であるクラーク教授の研究室を訪問し、共同研究の実施方法について協議した。その結果、英国側が現在実験を行っているスクアラートイオンの構造と振動スペクトルの解析に対して、日本側が非経験的分子軌道計算及び基準振動計算の面で協力することになった。これについて、日本側が2カ月程度の間に行った結果を以下に述べる。なお、このテーマ以外にも、2、3の課題について共同研究を行う可能性があり、双方で現在検討している。 スクアラートイオン(C_4O_4^<2->)は、D_<4h>という高い対称性を持つ2価の陰イオンであり、共役π電子系を持つ炭素原子の4員環と、各炭素原子から放射状に結合した酸素原子からなる。このイオンは、赤外・ラマン不活性な3つのモード(a_<2g>,b_<2u>)を除く全ての振動モードの振動数が実測されているため、陰イオンの振動を理論的に取り扱う際に問題となる振動数の基底関数依存性や、共役π電子系を持つ分子の振動に重要な電子相関の影響について定量的な議論を行う上での格好の具体例となる。本研究では、様々な近似レベルでの非経験的分子軌道法を用いて振動計算を行い、その結果得られた振動数を実験値と比較することにより、上述の点についての考察を行った。 分子軌道計算は、電子相関の影響を全く考慮しないHartree-Fock(HF)レベルのほか、電子相関の影響を2次、3次の摂動法によりとりいれるMP2、MP3レベルで行った。基底関数としては、6-31G*のほか、diffuseな関数を含む6-31+G*,6-31+G(df)を用いることにより、陰イオンの振動数に対するdiffuseな関数の影響を見積った。用いた計算プログラムは、Gaussian92である。 計算の結果、基底関数依存性は、低波数振動とC=O伸縮振動において特に顕著に見られることがわかった。例えば、低波数のa_<2u>モード(実測値259cm^<-1>)とb_<2g>モード(294cm^<-1>)の波数差は35cm^<-1>であるが、HF/6-31G*レベルでの計算ではこれが-14cm^<-1>となる。この振動数差は、HF/6-31+G*,HF/6-31+G(df)レベルでは、それぞれ26,25cm^<-1>となり、実験結果に近づく。したがって、陰イオンの振動を理論的に取り扱うには、diffuseな関数を基底関数に含めることが必要であることがわかる。しかも、その影響は一部の振動モードにおいて特に顕著に見られることがわかる。 一方、電子相関の影響は、1000cm^<-1>以上の環振動、C=O伸縮振動モードにおいて顕著に見られる。例えば、1090cm^<-1>のe_uモードと1123cm^<-1>のb_<2g>モードの波数差(実験値)は33cm^<-1>であるのに対し、HF/6-31G*レベルでの計算ではこれが99cm^<-1>となり、MP2/6-31G*レベルでは-40cm^<-1>となる。この振動数差は、MP3/6-31G*レベルでは30cm^<-1>となり、実験値を再現する。また、C=O伸縮振動モードのうち、e_u,b_<1g>の対称種に属するモード(1530,1593cm^<-1>)の振動数差については、実験値63cm^<-1>に対し、HF/6-31G*,MP2/6-31G*,MP3/6-31G*レベルでそれぞれ145,19,83cm^<-1>となる。したがって、スクアラートイオンの振動を理論的に取り扱うには、MP3程度の高いレベルでの計算が必要であることがわかる。 今後、MP3/6-31+G*のような、電子相関の取り扱い及び基底関数双方の面で高いレベルでの計算、およびnondynamicalな電子相関の影響のみを考慮するCASSCFレベルでの計算を行う予定である。
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