研究概要 |
大乗仏教(根本思想にインド医学が反映する)が伝播した地域で発達している伝統医学を,医療及び薬物の面から比較し,各地におけるインド医学(アーユルヴェーダ)の展開または対立関係を解明することを通して,北方系東洋医学の個々の特徴を明確にすること,及び調査の過程で現代医療に貢献できる薬物や養生法を見つけ出すことを目的にして現地及び文献調査を行った.具体的には、寺院(漢伝仏教系,蔵伝仏教系)で行われている医療(1a,b),仏教と融合した形で成立しているチベット医学(2)及びモンゴル医学(3)について,寺院,蔵(蒙)医院,製薬所,蔵(蒙)医学院などで聞き取り調査し,また経典中の医薬学部分または文献(4)を調査した.さらに,道家思想の基に発達した中国医学に仏教が影響を及ぼしたか(5)についても検討した.蒐集した薬物は原植物の同定研究及び血糖降下作用,抗HIV作用などの研究に供した(6).結果は次のとおりである. 1a.河西走廊:敦煌石窟の医画,出土された医学の衛生予防面の内容(歯磨き,理髪,入浴,気功)に仏教の医学部分の影響が見られた(4〜9世紀の状況).現在の仏教の中心地の五台山,九華山,峨眉山,及び福建省など:漢伝仏教系寺院では善行としての医療活動がわずかに見られた.自己経験として中国医学を学んだ者,中草薬の知識のある者,気功や推拿術を修得した者(先祖代々;師から伝授;出家前に中医師;自身で名医の処方を集めた等)が医療にあたり,精神面を除くと草医師または中医師と変わらなかった.福建省では寺院に付属診療所を設けて中医師や西洋医師を雇っていた. 1b.蔵伝仏教系寺院では医方明(医薬学)が重視され,かつては殆どの寺に医薬学院(マンパザサン)と医院があったが、現在残る所はわずかである。青海省の塔爾寺では40名の学僧が医薬学院で『四部医典』,『藍瑠璃』,『晶球本草』などを教科書にしてチベット医学を学び,また医院では40数名/目の患者を100種類の製剤を用いて治療していた.常用生薬は約500種類,その内主要品はインド薬物であった. 2.チベット医学は理論面ではインド医学を踏襲するが、薬物の面では独自性があり,西蔵の蔵医院では丸剤が多用され(製剤数200〜350種類),原料生薬500〜700種類の内インド産は20%にすぎず70%が西蔵産,それらは高地性植物の地上部からなるものが多い.一方,青海省蔵医院では散剤が多く,薬浴によるリウマチ,皮膚病の治療に力が入れられていた.生薬は30%を中薬材公司から購入しており,中国化(漢化)が見られた.紅景天,兎耳草,冬虫夏草,蔵茵陳,独一味などが研究対象であった. 3.モンゴル医学は外治療法(瀉血,灸,針刺,罨法,振動治療,接骨術)や食餌療法(馬乳酒の利用)に特徴があった,散剤が多用され,原料生薬はチベット生薬と同名であっても基源の異なるものがあった. 4.チベット大蔵経丹珠爾の医方明部に収められた『アシュターンガ・フリダヤ・サンヒタ-(医学八分科精粋便覧)』はチベット,モンゴルへのインド医学の伝播に大きな役割を果たしていた.また,大正新脩大蔵経の律蔵の「根本説一切有部毘奈耶薬事」に収載された薬物は、今日でも主要なインド薬物であった. 5.『金光明最勝玉経』や『摩訶僧祇律』に見られる「病に4種(風,熱,痰〓及び総集の病)があり,それぞれに101病がある」という概念は,陶弘景校訂の『補闕肘後百一方』,孫思〓著『千金要方』などに見られた.玉〓撰の『外台秘要』ではインドの眼科治療が紹介され,本書収載の処方の約1/3はインドの方剤であるなど,仏教医学は仏教隆盛期(6〜8世紀)には中国医学に影響を与えていた.当時伝来したインド薬物(訶子,鬱金,白豆葱,木香等)は現在でも重要な漢方処方の構成生薬になっている. 6.チベット生薬86点,同製剤17点,モンゴル生薬約100点,同製剤50点,道地薬材(中薬,草薬)約200点,薬用資源植物約750点を蒐集し得た.その内チベット生薬sPru-nag,gYcr-ma,Bya-rgod sug-pa,sPang-sposなどの原植物を確証した.活性成分の研究ではSwertia mussotii Franch.の全草(蔵茵〓)のエタノールエキスの血糖降下作用を日本産のSwertia japonica Makinoなどと比較検討し,それらの活性成分がbellidifolinであることを明らかにした.またPhyllanthus emblica L.の果実から逆転写酵素阻害活性を有する化合物putranjivain A(50%阻害濃度3.9μmol/ml)を単離同定した.
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