研究概要 |
この10年ほどの間に、(反応速度に関する標準理論である)遷移状態理論の適用範囲の外にある反応が溶液反応に存在することに注目が集まっている。このような反応は、溶液中における電子、プロトンまたは原子群の移動などの単純な反応から、酵素反応など生体高分子の司る反応までを含む溶液内単分子反応一般に見られる。このことは、化学の基本問題の一つである溶液反応の速度に関する一般表式がまだ明らかになっていないことを意味する。筆者は1991年このような遷移状態理論が適用できない反応にも適用できる溶液反応の速度定数の一般式がk=1/(k_<TST>^<-1>+k_D^<-1>),(1)と言う形に書けることを示した。ここでk_<TST>は遷移状態理論の与える速度定数であり、溶媒の揺らぎの緩和時間τには依存しない。他方k_D(>0)はτの減少関数である。τは溶媒の粘性率ηに比例するので、k_Dはηの減少関数であり、大体K_D〓η^<-α>,0<α<1の依存性を持つ。 今まで(1)は溶質分子の異性化反応のような1次反応に適用されると考えてきたが、今年度の特筆すべき成果として、溶液中の2次反応の速度定数も一般的に(1)の形を持つことを示すことができた。更にk_Dを計算するための公式を提出した。このようにして、溶液反応の速度定数が一般に(1)の形を持つことが明らかになった。反応速度が(1)で記述される状況では、反応始状態内の状態分布が熱平衡からずれたままで反応が進行する。従って、(1)は遷移状態理論の適用できる状況を超えて更に非熱平衡反応の状況までを覆う溶液反応の速度定数の一般式になっていることがわかる。このことを示し得たことは、化学における基本的な成果である。
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