研究概要 |
我々はこれまで細胞周期のG1,G2期の進行を抑える物質としてトリコスタチンA(TSA)を見いだし、その標的分子がヒストンデアセチラーゼであることを明らかにしてきた。TSAは様々な細胞系で新たな蛋白質合成に依存して分化や形態の正常化を引き起こす。また、v-sisでトランスフォームした細胞の形態を正常化させる物質として報告のあったトラポキシン(TPX)が同酵素の不可逆阻害剤であること、TSAとほぼ同様の生物活性を示すことも明らかにした。一方、新たな細胞周期阻害剤の探索から低濃度でG1,G2の進行を抑えるだけでなく、srcやrasでトランスフォームした細胞の形態を正常化し、細胞内にアクチンケーブルを再形成させる物質としてラディシコールを単離し、その標的がsrc系チロシンキナーゼであることをも明らかにした。興味深いことにこれらはいずれも細胞の分化、G1,G2期停止、種々の腫瘍細胞での新たな蛋白質合成に依存したアクチン繊維の再形成など、極めて類似した形質を誘導する。したがってTSAとラディシコールはその一次標的は異なっても、同一遺伝子の発現を誘導する可能性が考えられた。そこで両者で共通に誘導される蛋白質を2次元電気泳動によって探索し、90kDaの細胞質蛋白質を見いだした。泳動位置からアクチン調節蛋白質の一つ、gelsolinである可能性が考えられたので免疫沈降などを行なったところ、gelsolinであることを確認した。定量解析の結果、HeLa細胞中TSAで18倍、ラディシコールで6倍の発現誘導が認められた。さらに形態変化との関連を調べるためgelsolin抗体を顕微注入したところ、形態変化が抑えられたことから、これらの阻害剤の効果はgelsolinの発現誘導を介している可能性が示唆された。
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