研究概要 |
海馬や大脳皮質ニューロンは虚血に対し特に脆弱であり,虚血誘発性の高次機能障害の基礎過程を担うことからその解明は極めて重要である。本研究では,虚血負荷に対する海馬CA1ニューロンの最初期応答の中でカルシウム上昇と転写制御因子の変動がどのように進行するかについて分析した。 スナネズミに5分間の一過性前脳虚血を負荷すると,約100時間後に海馬CA1錐体細胞の遅発性死が招来される。その極く初期の段階で大量のグルタミン酸放出とそれに呼応する[Ca^<2+>]_i上昇が認められるが,血流再開30分以内にそれらは虚血前レベルに戻り,ニューロンは見かけ上回復したかにみえる。しかし,[Ca^<2+>]_iマイクロフルオロメトリー法を用いて精査した結果,NMDAをはじめとする受容体アゴニストに対する感受性が虚血負荷後数時間にわたって上昇していることが判明した。これは虚血負荷により持続的な可塑的変化がNMDA型受容体チャネルなどに誘発されている可能性を示すものである。このカルシウム動員は細胞質燐酸化カスケード反応を始動させるが,直接その影響をうけるロイシンジッパーグループに属する転写制御因子AP1のDNA結合活性が、虚血負荷後4時間の時点で海馬CA1において対照群値の10倍にも達するほどに顕著に増大していることが明らかとなった。一方,CA3と視床では約7倍,大脳皮質では約5倍に達したが,その他の領域ではほとんど変化しなかった。このことから,[Ca^<2+>]_i上昇がある種の転写制御因子を発現させ,虚血ニューロン死に関連する蛋白質合成を誘発させること,しかもその程度はほぼ虚血脆弱性の程度に平行することが強く示唆された。
|