研究概要 |
本研究は、1993年度に科学研究費の交付を受けた「ミアスマのパトロギア」の課題を継承している。私は今回の考察の中心を主題をギリシア悲劇に求めた。古代ギリシア社会におけるエ-トスの問題が、自覚的に取り上げられ、もっとも深められている紀元前5世紀のアテナイ社会を思想的に代表する分野だからである。『ミアスマのパトロギア-その2』(山梨大学教育学部研究報告第44号,1994,pp.16〜38)では、もっとも敬愛する詩人ソポクレスを取り上げた。ミアスマの観念が特に重要な位置を占めているのは、オイディプ-ス伝説に題を求めた3作であるが、この機会に、現存の7作品すべてをあらためて読み直すことができた。ソポクレスにおいてミアスマは卓越した英雄の負の徴しであり、彼の受難によって、かえって個々の人格の倫理的課題が明らかにされてくるのである。『ミアスマのパトロギア-その3』(山梨大学教育学部研究報告第45号,1995,pp.1〜13)は、エウリピデスをめぐる考察である。時代の動向に敏感に反応したこの詩人の作品には、ミアスマの観念の一般化にともなう風化が認められる。多くの作品では、汚れの問題は劇的な葛藤をさらに複雑にする効果を高めるために用いられているにすぎない。しかしペロポネソス戦争の惨禍に苦しむ民衆の側に立った一連の反戦劇では、詩人にミアスマの観念によって、人間存在の根源に潜む害悪が戦争の悲惨さの原因であることを明らかにした。人間の内面性を心理的に洞察する道がここに拓かれたのである。アイスキュロスについては、『ミアスマのパトロギア-その4』を準備した。悲劇形式の完成によって、アテナイ民主制の政治哲学を樹立という視点に立って、悲劇におけるミアスマの観念の展開を考察した未発表のこの論考を、研究成果報告書に掲載する。
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