今年度の研究計画はほぼ当初の方針どおりに遂行されたと考えている。具体的な研究テーマとして立てられた2つの課題、すなわち「1.徳概念および徳論の歴史的分析」と「2.現代倫理学の性格分析と今後の倫理学的展望」とが、ほぼ満足のゆくかたちで追求できたからである。その成果は、今年度日本倫理学会大会の共通課題報告(「徳倫理学の現代的意義」)で「モラル・モニズムがなくしたもの-徳倫理学再考-」という題目のもとに発表されている。 徳論以降のモラル変容の方向が、「モラル・モニズム」という現象に集約し得ることを明らかにしたこの研究は、さらに行為論の観点からのモラル・モニズムの意味の分析やモラル・モニズムと学の性格(「厳密学」)との関係の分析、さらにはモラル・モニズムと幸福観の変遷とのつながりの分析としても追求された。この研究により、遂行的行為と形成的行為の差異や厳密学と非厳密学の質的区別、さらには自己の幸福と他者の幸福との関係の歴史的変容といった、従来顧みられなかったいくつかのテーマが浮き彫りになりつつある。前二者の分析はいくつかの口頭報告で発表され、後者は「モラル・モニズムと幸せ」という論文にその概要が展開されている。とりわけ、後者の研究は、徳論と幸福論との接点を示すものとしてのみならず、モラル・モニズムを明確に語りうる視点としても重要だと思われるので、研究代表者は今後とも継続して追求したいと考えている。 もっとも今年度の最大の収穫は、この研究を続けるなかで多くの研究者と交流ができたことである。倫理学研究者はもとより、幸福論との関係では社会学者や宗教学者と相互の意見を交換することができた。こうした研究交流は科学研究費による研究でしか実現されがたい。その意味でも、科学研究費の意義は大きいといわなければならない。
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