展望的記憶とは未来の特定の時点において自分がなすべき行為についての記憶であり、従来の過去記憶とは著しく異なる。記憶された行為を想起し、実行に移す時点が記銘時に決められており、その実行の多くは直面する状況とのかかわりのなかに、言語化されないような「未来の感じ」が見えてくることで遂行されてゆく。 本研究ではこの「未来の感じ」が行為者の覚自証によって遂行され、しかも個々の時点での行動が最終的な目標であるゴールとの関連で展望的に遂行されてゆくと仮定したのである。具体的な課題として「アーチェリーの行射」を取り上げ、熟達者になるほど個々の行為を覚自証的に捉え、「未来の感じ」を掴んでゆくことを、意識度、心理的時間感覚、リリースとの連続性という観点から調査・検討したものである。 まず、調査Iでは、アーチェリーの行射を構成する個々の行為を、熟達者の内省報告に基づいて取り出し、同じ抽象レベルと思われる行為を一つにし、行為の系列から行射の構造を明らかにした。そしてそれぞれの行為について意識度、時間的感覚および連続性を評定させ、ゴールとの関係を明らかにした。 続いて、調査IIでは、熟達のレベルの違いから区分した上級者、中級者、及び初心者それぞれにおける意識度、時間的感覚及び連続性を調査し、「未来の感じ」をそれぞれの競技者がどのように捉えているかを明らかにした。 過去2年間の研究成果をまとめるにあたって、第I部理論編では、展望的記憶を「わざ」の形成と関連付け、理論的検討を行った。続いて、第II部調査編では、上述の調査を行い、それらの結果を詳しく分析し、展望的記憶のメカニズムの一端を明らかにした。
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