当初の研究計画調書に記したような、近代イギリス家庭教育論史に関する研究作業を行い、その成果を得た。 (1)先行諸研究で言及された家庭教育論文献、ならびにBritish LibraryのShort Title Catalogueからピック・アップされた家庭教育論文献の、カード化・リスト作成をとりあえず完了した。とりけ、18世紀以前に関してはその精度はかなり高いものだと考えられる。そのさい、18世紀についてはShort Title Catalogue(CD-ROM-Edition)を利用し、“education"等の語を用いたタイトルのクロス検索によって一覧を作成した。 (2)このリストにより、歴史的変化のおよその大勢が明白なものとなった。それは、たとえば、以下のように列挙され得る。 1)“education"という語は、そもそも、家族内諸関係の中での営みとして“nourish"・“nurture"など〈産育〉という文脈の中にあったものであって、学校的な営みを表す“institution"・“instruction"などとは明確に区別された領域を成していたこと。 2)したがって、家庭教育論は“education"そのものにほかならず、しかもその系譜は家政書・産婆術書の系譜の中に基本的には辿られるということ。 3)そうして系譜の中から、しかも、徐々に家庭教育論が析出し自立していくプロセスを見ることができ、そのプロセスにおいて“education"の「学校化」ともいうべき事態が進行すること。 4)また、家庭教育論の推移において、男が書いた男のための家庭教育論から女性による母のための家庭教育論へという変容が見られ、それは19世紀において完結する。 (3)にもかかわらず、リストそれ自体は、(1)の作業手順に規定されたものであり、当然完全なものではあり得ないということ。したがって、たとえば16世紀以降19世紀末までの家庭教育論書の出版点数を10年毎にグラフ化して分析するなどということはとうてい不可能であり意味を成さないということ。
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