研究概要 |
閉殻粒子間相互作用での非断熱遷移過程は、相互作用する系に強く依存し、同じ電子構造を持つ2つの粒子の組合せである擬似対称系(Na^+-Ne,K^+-Ar)で特に電子遷移の確率が大きいことがこれまでに見いだされている。この経験的事実を理解するため、本研究では閉殻粒子であるアルカリ・イオン(Li^+,Na^+,Cs^+)とAr原子との低エネルギー衝突に関する微分散乱実験を行った。この研究では散乱粒子の持つ運動エネルギーを飛行時間法で分析することにより二重微分断面積を測定した。本実験での衝突エネルギーは100〜1000eVである。測定結果は、半古典法により解析を行い非断熱遷移の機構に関する知見を得た。以下に結果を具体的に記述する。 〈1.Li^+-ArおよびNa^+-Ar衝突〉電子状態の大きく異なる2つの粒子からなるこれらの非対称系では、電子遷移の確率は非常に小さく、衝突エネルギーを高くした時にのみ非弾性散乱シグナルが観測される。しかも、観測される非弾性散乱シグナルは、これらの系で可能な電子遷移の中で反応エネルギーQの最も小さい(Q〜10eV)一電子過程の電荷交換反応によるものである。一般に、電子遷移は基底状態と励起状態のポテンシャルが交差することにより起こるとして理解されている。しかし、これらの非対称系の場合には、このようなモデルは妥当ではなく、ポテンシャルの交差は無いとして理解しなければならない。 〈2.Cs^+-Ar衝突〉この衝突系も電子状態の異なる2つの粒子からなる非対称系であるが、高いエネルギー・レベル(Q〜25eV)への二電子遷移により自動電離状態のCs^<**>(5p^56s^2 ^2P)が生成されるシグナルが大きな確率で観測される。この系では、一電子過程(Q〜12eV)の反応の断面積は小さい。この結果はポテンシャルが交差しているものとして理解できる。また、一電子励起の確率が小さい実験結果は、電子状態の対称性を考慮することによりよく理解できる。 以上のように、本研究課題での研究を通して電子励起過程の機構に関する多くの知見を得ることができた。しかし、ポテンシャルの交差の様子がこのように強く相互作用する系に依存する理由については今後さらに研究を進める必要がある。
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