研究概要 |
本邦の146場所産より採集した1556個体のヒメカンスゲの染色体数を算定したところ2n=32から2n=38までの連続した種内異数体が観察された。偶数の染色体数を持つ2n=32,34,36,38は減数分裂中期において正常なII価染色体のみが観察された。2n=32は瀬戸内海沿岸地域や瀬戸内島嶼部に、2n=36は中国、四国、九州地方の山地に、2n=34は近畿地方より北海道にそれぞれ遺伝的に安定した細胞型として広く分布していることが明らかになった。また、2n=38は栃木県の3場所のみで観察された。外部形態に関しては、2n=32の種内異数体は他と果嚢、痩果、葉形で明瞭な違いが認められた。酵素多型の分析は、60集団1168個体のヒメカンスゲとアウトグループとしてオクノカンスゲ、ミヤマカンスゲの3集団で9種類の酵素を用いた。TPIのみTpi-1とTpi-2の2個の遺伝子座を、他の酵素ではそれぞれ1個の遺伝子座を分析した。ヘテロ接合率の平均は2n=32と2n=38が0.31前後で、2n=34と2n=36の0.42より低い値を示した。また、2n=38のTpi-2の遺伝子座は全個体でTpi-1と重複していた。それぞれの種内異数体の集団間の遺伝的距離は2n=34,36が2n=32,38より3倍以上の高い値を示したが、遺伝的浮動の値は逆に低かった。次にこの遺伝的距離に基づいてUPG法およびNJ法を用いて系統樹を作成した。系統樹では2n=36から2n=32が分化したことが示された。従って中国地方と四国地方が陸続きであった時代に広い分布域を持つ2n=36の集団から2n=32が分化し、海面の上昇により現在の瀬戸内で見られるヒメカンスゲの種内異数体の分布が完成したものと考えられる。また、2n=34は多型を多く含む2n=36から分化したことが明らかになった。2n=38は2n=34から同所的に分化したものか、あるいはボトルネック効果により生じた集団であると考えられる。
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