研究概要 |
ヘモグロビン(Hb)の酸素親和性は動物種の棲息環境に応じて25,000倍の幅で制御されているが、その制御がアミノ酸配列の差によって如何にして実現されているのかを知るために、部位特異的変異導入法に基づいた蛋白質工学の技術によって、ヒト・ヘモグロビンの特定のアミノ酸残基を他の残基で置換した8種類の人工変異ヘモグロビンを合成し、それらの酸素結合特性などの物性を明らかにして、以下の結果を得た。 1.近位His置換体:ヘム鉄に結合している不変異アミノ酸残基His-87αをLeu,Val,Ile,Ala,Pheに、またはHis-92βをTyrに置換した、合計6種類の変異体の酸素平衡特性を解析したところ、酸素親和性に関して36倍の変動がみられ、さらにIHP(イノシトール六リン酸)の効果、Bohr効果、協同効果についても種々の程度に増減がみられた。ヘム鉄の自動酸化速度は一般に上昇していた。 Thr-38α置換体:α1-β2サブユニット間での水素結合形成に関わるThr-38αをSerまたはValに置換した2種類の変異体の酸素結合機能は、前者はほぼ正常、後者はやや異常(酸素親和性は2.8倍上昇)で、電子スペクトル、振動スペクトル、プロトンNMRによる解析によると、蛋白部分の高次構造はほぼ正常であった。 結論:これらの実験結果は、近位側アミノ酸残基はヘモグロビンの酸素親和性制御に強く関わっているが、Thr-38αはあまり関わっていないことを示している。今回のデータは、近位側アミノ酸残基によって36倍の親和性の制御ができることを表している。しかし、他の研究者のデータと併せて検討すると、ヘム周囲のアミノ酸残基の置換のみによる親和性制御では、25,000倍には遥かに及ばないことが分かる。何か他のメカニズムを考慮しなければならない。
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