研究概要 |
哺乳類エンブリオの新しい研究システムとして研究代表者が独自に開発した経胎盤灌流法(Suzue,1990;1992)について、方法に改善を加えるとともに、これを応用して胎仔の神経回路網形成機構についての研究を行った。方法上の改善点は第一に、強力な分子生物学的手法の適用が可能であるマウス胎仔に経胎盤灌流法を適用する方法を確立し、マウス胎仔をin vitroで30時間生存させることが可能になったことである(Suzue,1994)。第二の改善点は、胎仔の無菌的な取り扱い方を確立したことである。このことにより、コンタミネーションを生じやすい富栄養の培養液を使用して、胎仔を長時間維持することが可能になった。以上の改善を加えた経胎盤灌流法を用いて、胎仔の神経系の発達過程について検討した結果、マウス胎仔において神経系の活動により生ずる自発運動の出現時期が、従来in vivoの実験の結果として言われてきたよりも2-3日早い胎齢11-12日に出現することが、新たに明らかになった。胎齢12日における胎仔の自発運動はすでに相当程度の複雑性を示した。このような複雑な運動が胎生の早い時期から出現しているという結果は、神経回路網形成に重要な関与をする神経の活動についてのこれまで常識に大きな変更を迫るものであり、初期の神経回路網形成に神経の活動が関与しているという新たな可能性を強く示唆している。また、経胎盤灌流によりin vitroで生存させたマウスに蛍光色素を適用し、マウスの大脳、脊髄等の様々な神経細胞を生きたまま選択的に染色、観察することが可能であり、また神経細胞を生きたまま単離して、培養することが可能であることも明らかになった。以上の結果は、哺乳類の発生神経科学的研究の新しい方法である経胎盤灌流法の可能性を大きく拡張するものであり、今後この方法を用いて更に多くの新たな知見が得られることが期待される
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