研究概要 |
本研究の目的は、現代哲学における懐疑主義的および相対主義的な問題連関の中でカント哲学がいかなる意義を持ち得るのかを解明することにあった。そこで本年度は、研究実施計画にしたがって懐疑主義的および相対主義的問題に関する現代哲学の文献を収集してそれらに分析を加えたが、その分析の結果として、(1),ア-ペルやハ-バマス等の構想する「討議倫理学」が、道徳的懐疑主義ないしは道徳的相対主義(あるいは、所謂「コンテクスト主義」)に対するカントの「定言命法」の意義をもっとも明確に主題化していること、および(2),「定言命法」の普遍化の論理には「相互承認」論的な問題構制が欠けており、その意味において「他者」の問題がひとつの焦点になること等といった新たな知見を得ることができた。そして、こうした分析をしながら、カントのテクストに独自の分析を加えて検討した。この検討の結果、(1),「定言命法」の普遍化の論理は、「人格の相互承認」とは別の論理(すなわち、「人格の自己承認」)によって支えられていること、および(2),その意味で「討議倫理学」のカント批判は重要であり、「道徳性」と「他者性」との相互依存性がひとつの焦点になること、そしてさらに(3),しかしながら、「討議倫理学」の「相互承認論」はまだ哲学的に不十分であり、それは別の「相互承認論」(たとえば、初期フィヒテ)によって補完されなければならないこと等が新たな知見として獲得された。これらの論点は「ハ-バマスとカント」(牧野英二他編『カント--現代哲学としての批判哲学』所収)および「普遍化の論理と相互承認の倫理」(『現代思想別冊カント特集号』所収)において整理して公表する予定である。
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