本研究では、古代のモラルの変遷の諸相についての試掘調査として、アレクサンドリアのフィロン、オリゲネス、アウグスティヌスを取り上げ、ギリシア的徳の代表である四つの徳アレテ-(勇気節制知恵正義)を指標として採用し、彼らが主張するモラルの完成した相、すなわち、善き人間のあり方において、これら四元徳がどの様に位置づけられているかを考慮した。CD-ROMテキストデータベースから抽出した資料によれば、フィロンでは、「神の知恵が人に諸徳を教える」ということをモチーフにして、諸徳が神からの連続的流出的イメージのうちにとらえられている。また、オリゲネスでは、神的徳と人間的徳を論理的に媒介する項を見いだされ、これに焦点を合わせることによって、一見同名異義的に用いられる二種類の徳概念の統一が図られている。他方、アウグスティヌスでは、さらに、神からの働きかけが強調され、ギリシア的徳は価値転換が施され、愛の秩序が構想されていることが確認された。この変遷を、中期プラトン主義から新プラトン主義、さらに知のモラルから信ないし意志のモラルへの変容とまとめるのは単純にすぎるかも知れないが、いずれにせよ、知恵神学を底流にしてこれへの解釈学的転回が確認された点が新しい知恵といえよう。これに引き続いて、さらに数人の思想家を調査するとともに、採用する指標をさらに工夫し、特に、神を直接言及しない形で人間の徳がどの様に変容させられているか、などを考慮して、現代のモラルの構造の解明にも寄与する予定である。
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