今年度は、東京国立博物館、京都国立博物館、東京芸術大学芸術資料館の作品調査及び関連諸作品の調査を行ない、調査の際に撮影したフィルムから約500枚の焼付写真を作成した。全図は写真用台紙に貼り、ファイルボックスに納め、部分図は写真用アルバムに整理した。これらの資料と調査時の記録から、「目無経下絵」の描線、横図、人物表現の特徴、主題について考察した。1.描線:下絵は、極めて薄い紙に雲母引きを施した上に、淡墨の線で描かれている。経文は、ほとんどが下絵の上に直接書かれているが、下絵に白色顔料を塗りその上に書かれたものもあり、書写の態度に違いが認められる。2.横図:画面に描かれた建物は、間口と奥行を表わす2本の直線を斜めに引く構成法を採用している。しかも、間口と奥行の直線のおりなす角度は「葉月物語絵巻」に近似している。3.人物表現の特徴:鼻の隆起を描いたちぢれ毛の下人など、卑しい相貌の人物が比較的多く描かれているところが特徴的である。貴族の男女は、「源氏物語絵巻」や「扇面法華経冊子」「葉月物語絵巻」に描かれた人物と相似しており、いくつかの決まったポ-ズに分類することが可能である。当時の型(パターン)を用いた人物の表現法をうかがうことができる。4.主題:男女の逢瀬や宴の様子、文をしたためる男、絵を描く女房、出産、加持祈祷など、平安貴族の日常生活を描いた場面が多い。しかし、蓑のような特異な被り者をした男が何度も登場するところから、特定の物語を絵画化した絵巻であった可能性が考えられる。この他、三本指の鬼や化現童子が描かれるが、これらの異形のモチーフの意味をさらに検討する必要がある。来年度は、五島美術館及び京都・個人蔵の作品の調査を行なう予定である。また、調査と平行して、本下絵の様式、主題、制作年代ついても考察をすすめ、論文としてまとめる予定である。
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