従来サーカディアン振動体システムにおける光によるc-fos遺伝子発現の研究はラットやハムスターなどの夜行性齧歯目に限られてきた。それゆえこの遺伝子のサーカディアンリズムの光サイクル同調への関与についても夜行性種においてのみ示唆されてきた。一方、シマリスなどの昼行性齧歯目においては、SCN(視交叉上核)細胞から光によりc-fosが発現するほかはまだ確かめられていない。従来の研究から、昼行性のリスでは光パルスによる行動のfree-runリズムに位相変位が見られないことから、昼行性種のリズムの光サイクルへの同調のメカニズムは夜行性種とは異なることが考えられてきた。このことからSCNにおけるc-fosの役割も昼行性種と夜行性種とでことなることが考えられる。そこで昼行性齧歯目の一つであるシマリスを用いてそのSCN細胞から光照射によりFos蛋白(c-fosがコードする蛋白)が発現するか、もし発現すればれに位相依存性があるかを調べ、夜行性種のハムスターの結果と比較した。さらにシマリスの行動リズムを記録し、DD下でFos発現の見られた時刻に光パルスを与え、シマリスにおける行動リズムの光による位相反応を観察し、Fosの結果と比較検討した。その結果、シマリスにおいてもSCN細胞から光によりFosが発現した。またその発現は主観的暗期(休息期)に光を照射した場合に高いという位相依存性が見られた。この結果は夜行性ハムスターと同様の結果であった。しかしハムスターとは異なり、シマリスでは主観的明期(活動期)でも光によるFos発現が見られた。また、Fos発現が最も強い時刻に光を与えても、行動のfree-runリズムに位相変位は見られなかった。以上のことから、昼行性のシマリスにおいても夜行性種と同様にそのSCNに光によるFosが発現し、その発現はサーカディアン振動体によって制御されていることが確かめられた。しかし夜行性種とは異なり主観的明期でも発現が見られること、さらに行動リズムに光による位相変位が見られなかったことから、Fosの光サイクル同調における機能的役割は昼行性種と夜行性種とでは異なることが示唆された。
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