研究概要 |
本研究は,表記形態と心像喚起力の関係を検討した.単語の心像喚起力は,心像性と呼ばれる.それは,単語からどの程度容易に心像が浮かぶかを被験者に主観的に評定させた値の平均で定義する.これまで,表記形態が心像性に及ぼす影響について十分な検討がなされてきたとは言えない.しかし,もし心像性が表記形態の影響を受けて変化するならば,表記形態を要因とする先行研究の知見は,その大部分が結果の再吟味を迫られることになる.そこで,この点に関するデータを次の手順で収集し,分析を行った.(1)同音異義語を有しない漢字2字熟語と外来語(名詞)を選択した.(2)単語を漢字/平仮名,あるいは片仮名/平仮名で呈示し,心像性の7段階評定を被験者に求めた.(3)単語ごとに評定の平均を算出した.(1)平均の差を検定するため,表記(漢字/平仮名)と具象性(高/低)の2要因で分散分析した. 以上の結果,漢字熟語は漢字で呈示した方が平仮名よりも有意に心像性が高かった.また,外来語の場合も,片仮名で呈示した方が平仮名よりも心像性が高かった.これらは,見慣れない表記形態で単語を呈示すると心像が浮かび難くなることを示している。 仮名-漢字認知研究においては,単語を異なる表記形態で呈示して認知成績を比較することが多い.本研究の結果は,そのような実験における盲点を指摘したものである.たとえば,漢字熟語の音読潜時を漢字表記と仮名表記で比較して差が生じた場合,その効果が漢字と仮名の音韻符号化や意味符号化の違いによるのではなく,単に心像性の差異によってもたらされた可能性も大いに考えられる.結論として,これまでに実施された仮名-漢字認知実験の大部分は「表記形態の変化→心像性の変化」という視点から結果を再解釈すべきだと言えよう。
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